マンガ学への挑戦

 夏目房之介(なつめ・ふさのすけ)『マンガ学への挑戦――進化する批評地図』(ISBN:4757140843)読了。
 著者は「BSマンガ夜話」への出演などで知られるマンガコラムニスト。夏目氏の著作を何冊か買い込んできて,まず最新のものから読んでみたのだけれど,どうも読む順番を間違えたようだ。マンガ批評の基礎を固めていない私が読むには早すぎたように思う。
 この本は,言ってみれば《学界回顧》なのです。
 学問の世界だと,だいたい年に1回,実力のある人によって学界回顧というものがまとめられる。これにより最近は誰がどのような論文を発表し,それによって何が解明されたかを確認する。こうした営みによって,我々は何が未だ分かっていないのかを確かめ合う。門外漢が読んでも価値はないが,その意味を知る人には重要なもの。
 本書によって,マンガ批評の到達点(=限界点)が見える。著者は「マンガは誰のものか?」と問いかけることによって,マンガ批評のあり方を問おうとしている*1。このような広範な問題提起は,本来であれば日本マンガ学会あたりが掬い上げていくべきことなのだろうけれど。
http://www.ringolab.com/note/natsume2/archives/002438.html宮本大人氏による指摘の紹介*2
http://www.ringolab.com/note/natsume2/archives/003334.html (砂澤雄一氏による指摘の紹介)
 夏目房之介は,自分自身が営んできた批評活動を地図として書き残した。それが本書である。著者自らが言うように「ボロボロの地図」なのだが,むしろマンガ批評にはあちこちに手つかずの場所があることを伝えたことに意味がある。もっとも最初に述べたように,「メタのメタ」の位置にある著作であるから個別の作品論・作家論には投影しがたい内容であり,あまり一般向けではないことには留意しておくべきだろう。

*1:私見だが,この問いかけには危うさを感じた。著者個人の態度に留まるうちには差し支えないのだが……。学問としてのマンガ批評は,論者によって視点が異なる構造である方が好ましい。現状は,複眼的にマンガ批評を展開するに足るだけの人材が揃っていないという危機意識の現れなのだと,私は理解した。途中,著作権について英米型と欧州大陸型の単純な二類型による整理が行われているが(第8章),ここから導かれる帰結はかなり粗雑な議論になっている。まずは日本の国内法の問題として考えるべきだろう。『キャンディ・キャンディ』裁判を巡り,法律学の見地から様々な検討がなされていることは,当所の2005年3月16日付け記事で紹介している通りである。夏目氏の見方が乱暴であることは,マンガ批評に携わる内部の人材によって批判されることを期待したい。念のため申し添えておくと,このような視座を提供する夏目氏には敬意を表する。

*2:より詳しくは,http://ya53.jugem.jp/?eid=1