労働法判例 :: 転職が不成立になったあとの処理

 研究会に参加して,インターネット総合研究所事件東京地裁判決・平成20年6月27日・労働判例971号46頁)についての議論を聞く。
 被告Y社の代表取締役Aは,J証券会社でマーケティングを担当していた証券マンXに対し,Y社での新ビジネスのために転職してくれるよう,数度にわたって話しを持ちかけた。平成18年4月3日,XとAが会食した際に意気投合し,Y社が立ち上げる子会社の社長としてXを迎え入れたい,年収は1,500万円は下らない額で――ということになった。同年5月,XはJ社に対して辞職の意思表示を行った(人事部付きに異動)。ところがY社の役員会では,Xへの支給額が高すぎることに異論が出て,Xの人事案件について役員の同意を得ることはできなかった。そこでXは,J社に退職の取消しを願い出て了承され,再びJ社で就労を継続することになった。本件は,XからY社に対する損害賠償請求。
 判決では,Y社に対し300万円の支払いを命じたのですが,慰謝料を支払うべき根拠として以下のように述べます。

 Xは「役職から外されたため年収は大幅に下がったこと,借り上げ社宅について解約の取消しをしたが間に合わず,退去を余儀なくされ,急遽住居の手配をせざるを得ず,それに伴い子供も転校せざるをえなかったこと等の事実が認められる。
 そうすると,XはJ証券会社に対して書面での辞職届までは提出していなかったものの,退職の意思を明確にし,同社においてもXが退職することを前提とした人事上の手続きを進めていたことが明らかであり,それを取り消してJ証券にとどまることができたにせよ,これまでの社内における経歴に傷が付いたことは否定できず,これを回復するには相当の年月を要することが推認されるのであり,このことによりXは相当な精神的苦痛を被ったことが認められる。」

 裁判所が事実認定において諾成契約が成立していたというのであれば,一方的な解約に対して慰謝料は払われてしかるべきだよね――という結論で良いと思うのだけれど,如何せん,議論を盛り上げる気が起こらない。年収が1000万円を超えるような人は勝手にやってくれという気がする。そんな人でも,研究者の誠意として,理論的課題についてはちゃんと考えますけれどね(でも日銭稼ぎの仕事で疲れているときに,こんな判例は読みたくない)。
 それはさておき,この事件ではXも軽率です。転職先から言質を取っていない段階で現在の仕事先を辞めてしまうなど,損害の拡大に自ら寄与したところがあります。引用した上述の説示にしても,もしXが秘密裏に転職活動をしていたならば発生していなかった損害なわけで。さらにいえば,会食中に転職の合意が成立したということになっていますけれど,それもどうだか……
 転職は慎重に。