感じない男

 最近、サブカルチャー方面ばかり話題にしていたので、たまには趣向を変えようと新書を読み始めたのですが……
 森岡正博『感じない男』(ISBN:4480062211)読了。著者自身が内容についてのあらましを公開し、自身で書評を収集しているので、興味を持たれたらそちらを参照していただければ良いだろう。自分をさらけ出したところを周囲はどのように見るのか――を気にかけるような著者の性向が、本書にもあらわれている。
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 本書の趣旨はというと、制服に惹かれるわけや、ロリコンがはびこる現象を《感じない男》という概念で説明してみせようとしている。読者としては、女性を対象にしているようである。というのも、女性性に生まれた者には決して気づきえない「射精」を仮説の中心に据えているからである。これにより、フェミニズム論者に抜け落ちていた視座を提供しようとする。女性は知らなかった、そして男性が語ってこなかったことを「私語り」という方法で述べることにより、両者のボタンの掛け違えを解消しようとする試み。
 論旨はかなり大胆。曰く、「制服に萌える」とは学校に萌えるということであり、学校の代理物たる制服少女に向かって射精している〔第3章〕。曰く、ロリコンの男が初潮を迎える12歳の少女に欲情するのは、汚い男の身体を捨て去って少女に乗り移りたい(精液を浴びせかけたい)という心理によるものであるからである〔第4章〕。
 本書の肝は、「不感症で汚い自分の身体からの脱出願望」によってセクシュアリティを解明しようとするところである。ちなみに私は制服フェチで美少女好きであることを公言してきているので、自分自身を被験者として語ることが出来る。各論部を読むとなるほどと思うところも多い。スカートの奥にあるパンツは白でありコットンでなければならないとされる理由〔70頁〕などは、私も自覚していない視座からの分析で興味深かった。
 だが、それだけに疑問もある。つまるところ、総論部〔第2章〕で打ち立てられた《感じない男》仮説の強度が問題。「感じる女性に対する憎悪」からレイプを説明するのは可能だとしても、そこからロリコン心理を導くのは難しいように思う。森岡に対抗して自分語りで述べるなら、私の場合には「少女への羨望」が奥底にあることは否定しがたいのだけれど、それを思春期の分岐点で「間違って男の体になった」のだという意識〔130頁〕で読み解かれると同意できない。
 マルクスは、唯物史観を打ち立てることによって新たな経済学を創始した。フロイトは、イドやリビドーという概念を提唱することで精神分析を開いた。しかし、経済学にはケインズ主義もある。ユングフロイトと訣別して分析心理学を創始した。これらと似ている。正岡の立論は、ある足場が正しいと仮定した場合に、どのようにセクシュアリティを説明することが可能かを示した思考実験である。これは著者も自覚しているようで、まとめに当たる第5章で弁解が為されている。今後の発展を期待したい。
 「この本もサブカルだったのか」と天を仰いでしまったのは132頁でのこと。森岡

ロリコンの原因は、ロリコンの男が自分の身体を自己肯定できていないところにある

とする。そして

いわゆる「おたく」の男たちの多くはロリコンであると言われているが、彼らが自分の身体の外見に対して きわめて無頓着であるらしいということ、そして彼らがネット上で少女キャラに自分を同一化する傾向があるらしいということも、この仮説で説明できるように思われる

と述べる。
 この箇所では、参照文献として『網状言論F改』(ISBN:4791760093)が挙げられている。具体的には指示されていないが、おそらく小谷真理「おたクィーンはおたクィアの夢を見たワ。」において提示された、性差混乱ジェンダー・パニック)を受けているものと思われる。次に読もうと思って順序を後回しにした本が登場してくるとは(^^;) ここで小谷は、

おたくのジェンダーは、「男」なのでしょうか。それとも「女」として語られるものなのでしょうか。

と問題提起している。そして、「正常であるべき成人男性」から逸脱する恥ずかしい行為*1 をすることは「女性嫌悪的な感覚」と結びついているように思われるとの見解を示している。援用できなくはないが、小谷の分析と森岡の用法にはズレがあるので、ちょっと引きつけすぎだろう。
 それに、外見への無頓着って男性おたく固有の現象でしたっけ? 腐女子の皆さんについても同様の指摘が出来るような――
 このように、著者は「論理の穴」になる部分を多数残してくれている。これは、好意的にみれば、議論の盛り上がりを期待してのことだろう。本書には、話題のタネ(breed)がタップリ 詰まっている。


▼ 書評

*1:いい年をしてアニメやマンガを忘れられず、集団でアニソンを歌って社会秩序を乱し、二次元世界の少女にうつつを抜かす、等。