大学院はてな :: 文書送付行為

 労働法の研究会にて、海外漁業協力財団事件の検討。
 原告Xは、交通事故にあって頸椎を捻挫し、傷病休暇を取得していた労働者。被告Yは、Xが治療に専念しているのかを疑問に思ったことから、弁護士を介して探偵社A社に調査を依頼した。ところが、A社の調査員Gがバイクで尾行していたところをX夫婦に見つかり、逃亡を企てた際にXの妻に傷害を負わせた。
 XはYに対し、本件についての話し合いを求めたところ拒否された。そこでXは、Yの非常勤理事・幹事・評議員らに対し、「Yの常勤理事らの行為は卑劣で、不当かつ違法であると論評し、本件文書の送付によっても事態が改善されないのであれば、Yには自浄能力がないものと判断せざるを得ない」旨の文書を送付した。
 これに対しYは、本件送付行為がYの名誉と信用を著しく傷つけるものであるとして、Xを懲戒処分(3日間の停職)に付した。本件は、その無効確認を求めるもの。
 第一審*1は、請求を認容。ところが控訴審*2では一転し、控訴認容(労働者の請求を斥けた)。
 考えてみたのだけれど、これは高裁がおかしい。文章送付行為について、次のような判示がある。

 「……これを受け取った理事等が困惑したことは容易に推測することができるし(中略)Xの本件行為により、理事長が説明や陳謝を余儀なくされるなど、Yの業務に支障が生じたことは明らかである。」

 会社の意に沿わないことをすると「企業秩序違反」になる、というのはあんまりである。高裁判決は、原判決の論旨を引用したうえで逆の判断をしており、全体としてみても論理の流れが悪い。発端となった尾行事件は労働者1個人に関わるものであり、公益通報者保護法が想定するような事案ではない。本件行為は労使とも、積極的に奨励されるものではないだろうけれど、かといって非難すべき事柄とも思えない。「良い」と「悪い」の間には、「どっちでもない」があって然るべきだろう。
 本件は企業内部における「苦情処理」の1パターンであり、そのための世論形成として文書を送付したものといえる。そうすると、不適切な行為態様としては(1)文書・発言の内容が一定程度の真実性を備えていないとき、(2)企業内に担当窓口があるのに利用していないとき、(3)内部的な解決を待たずに外部に問題を告発したとき、(4)結果として重大な混乱を生じせしめたとき――が考えられうる。しかし本件は、そのいずれも引っかからない。原告労働者は、まず社内で解明が図られるよう求めたが使用者がこれに応ぜず、当初の意図が達せられなかったため文書送付行為に及んだものである。その文面も、穏やかとは言えないまでも過激というわけでもない。
 送付先の非常勤理事・幹事・評議員は、意識の上では「社外」の人間かもしれないが、組織上は「社内」の存在である*3。会社の業務運営をチェックするのが社外取締役の仕事なのであるから、これらの者達に対し従業員から情報が寄せられて「困惑」したとしても、企業秩序を乱したとは言えないだろう。経営にあたる者が社外取締役の質問に対応するのも「通常の業務」の内にあると思うのだが如何だろう。評者は、同旨を言う地裁判決の判断が適切であったと考える。

*1:東京地裁判決 平成16年5月14日 労働判例878号49頁

*2:東京高裁判決 平成16年10月14日 労働判例885号26頁

*3:本件に限って言えば、非常勤理事に某官庁のお偉いさん方が名を連ねているので、実際には政治的な問題だった(で、腹いせに懲戒処分を出した)のだろうなぁと推察できるのだけれど、それはさておき。