武田「成果主義」の成功法則

 柳下公一(やなした・こういち)『武田「成果主義」の成功法則――わかりやすい人事が会社をかえる』(ISBN:4532192749)読了。
 書名からもわかるように、成果主義の推進論者による成果主義の礼賛。必要に迫られて読んではみたものの、終始「ムナクソガワルイ」という意識が抜けませんでした。まるで、彼氏彼女が出来てラブラブな人に延々惚気話を聞かされているような気分。成功者が自己の成功体験を述べている書なので、これはどうしようもない。
 武田の場合、MR(医療情報担当者)や研究職を厚く遇し、他社からの引き抜きにあわないような報酬を支払う体制とすること――が出発点になっている。そのために賃金原資を増やすということを行ったようです。そうすると、柳下氏が自慢しているのは本当に成果主義による成果なのかどうか疑わしい。武田薬品の好調な業績に支えられて、不満が表面化していないだけのことなのかもしれないからです。また、スモン訴訟の影響で40歳代の従業員が極端に少ない、という歪な年齢構成を逆手に取っていることも見て取れます。
 労働問題を分析していると、人事処遇の改変でトラブルが起こるのは、大体において賃金原資が減らされている場合。これから先、武田薬品の業績が鈍化した局面で、この人事制度の真の強度が試されることでしょう*1。今は未だ、「成功」したかどうかを判断できる局面ではないように思います。
 柳下氏が「成果主義」と呼んで導入したものの骨格は、ヘイシステムそのもの。柳下氏が「成功」と言っているのは、人事評価制度をそっくりヘイシステムに置き換えてしまったということ。ヘイシステムは経営学をちょっとかじると登場してくるので珍しくもないのだけれど、ここまで徹底的に導入したのは珍しい。でも、それって日本的経営とは相容れないものなのだろうかという疑念がふつふつと。
http://www.haygroup.co.jp/system/index.shtml
 柳下氏が何に取り組んできたかはわかりました。それを自ら積極的にアピールすることも必要。しかし、それを自分自身で肯定するのは如何なものでしょうか。評価は、従業員に聞かなくてはわかりません。
 最終章に掲載されているアンケートからすると、この制度を好意的にみているのは裁量労働に就いている者(営業職944名と研究職213名)が多い。定型的業務に就いている者(事務職1186名と技能職1530名)からは支持を受けてはいないように見える。
 加えて、本書でも明かされているのですが、やりがいのある仕事(ポスト)が足りないという状況は既に発生しているようです。パイの奪い合いという事態が顕在化したとき、それでも柳下氏は同じように言い続けるのでしょうか。槍玉に挙げられている「日本型経営」だって、経済成長を遂げていた時期には持てはやされていたのです。
 成果主義によってタレントをスターにすることは出来ることはわかりました。でも「その他大勢」は?
 もうひとつ、労働組合法の研究者として気になったことを。本書では随所に「組合員」という表現が出てきます。何のことかと思ったら、幹部職員=非組合員であることの裏返しとして、役職に就いていない非幹部職員のことを「組合員」と言っているのです。
 う〜ん……
 私は、企業別組合やユニオンショップといった日本特有のシステムが悪いとは思っていません。しかし、こうもあからさまに家族主義的な労働組合の姿を見せつけられると、さすがに心配になってしまいます。地域組合や管理職組合などが組織化して第二組合を作ったとき、果たして冷静に対応できるのでしょうか。

▼ 参考

*1:2005年6月10日付け朝日新聞の報じるところによれば、米国での特許が2012年までに切れる主力3品目が、連結決算の売上高の45%を占めているとのこと。