大学院はてな :: 私傷病休職

 研究会にて,横浜市学校保健会(歯科衛生士解雇)事件の検討――というか,私が研究報告。
 原告は,市立の小学校を巡回して歯科巡回指導を行っていた労働者。頸椎症性脊髄症で休職し療養していたが,休職期間を満了した時点で(a)左上肢を一時的に上げることはできるものの,左上肢を上げたままの姿勢を長く保持することが困難であるばかりか,左上肢を上げ下げする動作を繰り返していると左手に震え等の不随意運動が生じてしまう状態にあり,(b)補助具を用いても自力で立つことができず,常時車いすを使用する必要のある状態であった。そこで心身の故障を理由に解雇された事案。なお,診断書では「移動,通勤に補助があり(車いすその他),左上肢に負担をかけなければ勤務は可能と考える」となっていた。
 第一審*1控訴審*2いずれも請求棄却。復職を認めなかった。
 裁判所は,歯口清掃検査の実施に当たって最低限必要な動作は,(1)歯科衛生士が,検査対象児童の口腔内をのぞき込むことができる適切な視線の位置(高さ)を確保することと,(2)歯を覆っている唇あるいは口付近の肉を検査の邪魔にならないよう押し広げるなどし,歯をむき出しにすることである――という判断基準を定立。(1)車いすに着席しての就労については,地裁は可能であるとしたが,高裁はこれを否定。(2)左腕については,いずれの裁判所も業務に堪えられないと判断した。
 私見では,判旨が妥当と考える。
 類似の事案としては,北海道龍谷学園事件*3がある。これは,保健体育の教諭が身体障害を負った事案。地裁では,学校内に分掌できる仕事はあるとして解雇無効とした。他方,高裁では「保健体育教諭として」就労することはできないことを理由に解雇有効としている。本件では,原告が歯科衛生士としての現職復帰に拘泥しているため,配置転換の余地はそもそも検討のしようがない。アイデンティティの問題はわかるけれど,雇用確保という観点からすれば,むしろ不利に働いている。
 労働者の側に立った判断ができないかどうかをあれこれ検討してみたのだが,この枠組みでは難しいと断念せざるをえなかった。労働契約論からは,私傷病休職からの復職といえども,健常者と同じ能率で仕事をこなせる(もしくは段階的にでも復帰できる)状態にまで回復していることが求められる。左手を自在にコントロールできないという障害を持った状態にある以上,解雇有効との判断を覆すことは困難。解雇無効というためには,歯科衛生士としての職務遂行に左手の状態は影響を与えないことを,労働者側においてしっかり反証しなければいけなかった。ここは,控訴段階における代理人(弁護士)の弁論活動が失敗しているところ。就労可能性を示していた診断書が主治医のものではなく産業医からのものであったら,あるいは同等の職務に従事している歯科衛生士から肯定的な意見が引き出せていたならば,また話が違ってくるのでしょうけれど。。
 障害者雇用の促進というのも主張されているのですが,これは裁判所に訴えても無理。国会の立法によって解決すべきものなので。
 『季刊労働法』という法律雑誌から,この件について評釈を書いてくれと依頼を受けているのですが……。う〜ん。
http://www.shooroo.npo-jp.net/ (原告労働者の支援団体)

*1:横浜地裁判決 平成16年2月13日 労働判例890号63頁

*2:東京高裁判決 平成17年1月19日 労働判例890号58頁

*3:第一審:札幌地裁小樽支部判決・平成10年3月24日・労判738号26頁,控訴審:札幌高裁判決・平成11年7月9日・労判764号17頁