阿房列車
内田百閒*1『百閒集成 1 阿房(あほう)列車』(ちくま文庫版,ISBN:4480037616)を読む。
「なんにも用事がないけれど,汽車に乗って大阪へ行って来ようと思う」。昭和26年から28年にかけて『小説新潮』誌上で発表されたもの。旅にまつわるエピソードが散りばめられているのだが,なかなか阿房列車は走り出さない。まず正しい借金とは如何なるものであるかについて滔々と訓示を垂れる。それから一等車,二等車,三等車に対する見解をご披露なさる。一事が万事この調子だから,駅の歩廊(ホーム)に着く頃には,節の半ばまで来ている。軽快な語り口は読者を飽きさせない。
昔を思い出して御殿場線に乗りたくなり*2,国府津で降りるが,目の前で沼津行きの列車は走り出してしまう。助役が事務室に戻ったところで苦言を述べに出かけていったり。わざわざ一等車を取ったのに,ずっと食堂車で酒を飲んでいたなんてことも(区間阿房列車)。午前9時35分に上野を出る列車に乗りたいが,朝早くに起きるなどまっぴら御免。でも,どうしてもこの列車で盛岡へ行きたい。思案した末,福島で一泊して列車を待つ(東北本線阿房列車)。
北は浅虫,南は鹿児島。雪景色を見るべく〈雪中新潟阿房列車〉を運行し,横黒線*3では紅葉を愛でる(奥羽本線阿房列車)。旅の道連れは,茫洋とした弟子の〈ヒマラヤ山系〉氏に,大好きな酒。紀行文学の傑作。百鬼園先生は面白いなぁ。
はてな年間100冊読書クラブ 〔#056〕