大学の話をしましょうか

 森博嗣(もり・ひろし)の新刊『大学の話をしましょうか――最高学府のデバイスとポテンシャル』(ISBN:4121501950)。先日,学会に向かう機内で読んだ。
 この春に名古屋大学を退職したらしく*1,そのせいか大学に対する「遠慮」が無くなって,ちょっぴり辛辣(従来比)。もっとも内容は,犀川助教授や水柿助教授に仮託して語られていた〈自由な思考〉を,一般論として推し進めれば到達するであろう帰結を,自身の言葉として述べたもの。こうしてまとめられていると,教育論として参照できるから便利。
 ただ,賛同できる内容かというと,ちょっと躊躇する。
 まず「研究者を目指す私」としては,森氏の学問に対する真摯な態度を尊敬する。次に「学生としての私」としては,語られる対象たる大学についてのイメージの隔たりに戸惑う。旧帝大とはいえ地方の法学部だと,本書で描かれているような大学の姿とかなり違っている。前提となる事実の隔たりが大きい。
 そして「教育に携わる私」あるいは「労働法に携わる私」としては,非常に怖い。森氏の発想は,突き詰めていけば(括弧付きの)自由主義に基づいている。私の基本理念は〈世の中の大多数は弱い人間が占めている〉〈人間は失敗する生き物である〉という後ろ向きなもの*2。すなわち,みんなが知的エリートになれるわけではないし,みんなが雇用社会で生き残れるわけではないと悲観している。結局のところ,森氏の描いている理想の姿は〈強い人間〉なのかなぁ。成功できるだけの意志の力を手に入れた存在。

*1:146頁では「デビュー以来九年も大学に勤めていたのです。」と過去形になっている。

*2:だから,アナクロなことに「労働者の集団化」を研究テーマにしている。また,強者の論理が支配するアメリカ(グローバリズム)に背を向け,社会連帯を重んじるヨーロッパの思考を取り入れようともしている。