大学院はてな :: かわいそうなゾウ

 研究会にて,アワーズアドベンチャーワールド)事件(大阪地裁判決・平成17年4月27日・労働判例897号26頁)の検討。
 被告Yは動物園。博物館法上の指定を受けている社会教育施設であり,社団法人日本動物園水族館協会に加盟している。原告Xは,Yに勤務しゾウの飼育経験もある者。1978年の開園当所から飼育員として働いてきたが,1998年10月に販売部(その後倉庫係)に異動している。
 Yではタイ人調教師を採用し,アフリカゾウの調教に当たらせた。タイ式の調教は,調教の間,あえて給水ならびに給餌をせず,身動きできないように拘束したうえで,手かぎ・槍・チェーンを用いて殴打するものであった。この際,1頭のアフリカ象(ピコ)は左前肢に腫脹を生じた。99年9月には以前から障害のあった左後肢が曲がらなくなり,10月頃から痩せ始めた。12月24日,上位のゾウに攻撃されて横転。同日,死亡した。Yは呼吸不全が原因であると判断し,その旨の発表を行った。
 Xは,ピコの死亡はタイ人調教師らの調教による足の怪我,治療不備,ストレスによる衰弱,餌不足が原因であると考えた。そこでXは,一連の調教の様子を撮影したビデオテープ(総計100時間以上)をテレビ朝日に提供し,インタビューに応じた。この内容は2001年1月28日,報道番組「スクープ21」にて放映された。
http://www.tv-asahi.co.jp/scoop/past/9809-0109/20010128_010.html
http://www.ff.iij4u.or.jp/~orca/pico1.html
 テレビ朝日はYの広報担当者と獣医師にも取材を行ったが,放送中の説明は概ねXの主張に沿うものであった。番組放送後,Yを非難する電話や郵便物が多数送られてきた他,行政機関や観光協会にも抗議が寄せられた。そこでYは2月5日,Xの行為は就業規則に定める解雇事由「会社の重要な機密の漏洩」「会社の信用の失墜」に該当するものとして懲戒解雇の意思表示をした。本件は,解雇無効の確認を求める訴えである。
 内部告発については裁判例の蓄積があり,判断に当たっては

  • (1)告発内容の真実性ないし真実と信じる相当の理由の有無
  • (2)告発目的の公益性
  • (3)告発手段・態様の相当性

などを考慮要素とするのが通例*1
 本件でも裁判所は,次のようなフレームワークを提示している。

 企業に関して虚偽の事実を第三者に告知することは,企業の名誉・信用を失墜するのみならず,ひいてはその業務を妨害することにもなり,刑法上の犯罪をも構成するのであるから,内部告発が正当なものであるというためには,少なくとも,告発した内容が重要部分において真実であるか,仮に真実でなかったとしても,真実と信ずる相当な理由のあることを要するというべきである。

 裁判所は,本件ではこの〈真実性〉テストを満たさないとし,原告の請求を棄却した。すなわち,ピコに対する厳しい調教が行われてから死亡までの間に約8か月間が経過しており,ピコの死因は他個体からの攻撃を受けての起立不能による呼吸不全(窒息死)と獣医師が診断していることから,Xの主張は真実についての証明が無いと判断。よって,本件内部告発は正当性を有するとは言えないと結論づけた。
 この点を巡り,研究会では意見が分かれた。
 労働者の主張を認めるべきだという意見としては,ピコの死因についてはXの主張に沿う大学教授の鑑定意見書もあることだし,自然科学(医学)的な〈真実性〉の立証を要求すべきではないというもの。
 これに対して,動物園側の主張を相当とする側からは,原告は調教の経験を持ち専門的知識を有するのであるから,一般人を誤信させるような情報をみだりに与えるべきではないとの意見が出された*2
 そんなわけで,この事件は適否の判断がつきかねます。事後的に死因が確定できたとしても,告発を決意した段階では「本当か嘘かわからない」グレーの状態であったと評価できるし。また,地裁の判旨では〈真実性〉テストしか行っておらず,〈公益性〉や〈相当性〉については立ち入っていないので,論旨は脇が甘い。控訴審段階で逆転する可能性もありそう。
 まぁ,「都合のいいところだけを繋いで番組に仕立てたテレビ局が悪い」ということでは意見の一致をみました。テレビ朝日の報道番組は品が無いので大っ嫌いです*3

*1:正当な内部告発であるとされた関連判例に,トナミ運輸事件(富山地判・平成17年2月23日・労判891号12頁),生駒市衛生社事件(大阪高判・平成17年2月9日・労判890号86頁),カテリーナビルディング(日本ハウズイング)事件(東京地判・平成15年7月7日・労判862号78頁),大阪いずみの生協事件(大阪地判・平成15年6月18日・労判855号22頁),杉本石油ガス事件(東京地判・平成14年10月18日・労判837号11頁),宮崎信用金庫事件(福岡高宮崎支判・平成14年7月2日・労判833号48頁),三和銀行事件(大阪地判・平成12年4月17日・労判790号44頁),医療法人思誠会(富里病院)事件(東京地判・平成7年11月27日・労判683号17頁)などがある。

*2:私は今回,懲戒解雇有効の立場に立った。理由は,〈告発手段・態様の相当性〉を欠くから。ゾウの調教についての一般的なやり方も知らない一般人が見れば,芸を仕込む様子を切り出して見せられれば「動物虐待」と思ってしまうのではないかとの印象を持った。専門家に対しては〈相当性〉判定のハードルを高くしても構わないと考えます。

*3:関係のないことを関係ありそうに言うのは良くない,というのを自分で実演してみました。