大学院はてな :: 降格が人事権の濫用にあたるとされた例

 国際観光振興機構事件東京地裁・平成19年5月17日・労働経済判例速報1975号20頁)を検討してきました。
 人事評価については一般的に会社の裁量の幅が広く,低い評価がなされたことの是正を求めて争うのは難しいと言わざるを得ません。それが,本件では原告の主張が認められています。
 それで題材に取り上げてみたのですが――どうも,本件は特有の事情が大きく左右していたようで,あまり一般性はありませんでした。
 被告Yは海外における観光宣伝等を行う独立行政法人であり,原告XはYにおいて就労していた労働者。本件紛争当時,Y社では新しい人事評価制度が導入され,平成15年度下半期を評価対象期間として実施された。評価書は「海外事務所用」と「本部職員用」とで相違があり,本来は「海外職員用」のものに記載しなければならないところ,Xは平成16年4月より海外事務所から本部に異動していたこともあり誤って「本部職員用」について記載した。この過誤については,Xの直属の上司であったC所長も気づかないまま,処理を進めた。集計期間も押し迫ったところで本部の管理部長Dがこの誤りに気づき,2日以内に修正を求めたがXからもC所長からも連絡がなかった。D部長は催促をし,ようやくC所長から評価書が送られてきたものの,X本人が作成すべき書類が添付されていなかった。そこでD部長は,Xに対し直接,書類の提出を求めた。そして,本人作成書類を受領したD部長は,その場でXの人事評価を修正しはじめ,減点を行った。
 本人の自己申告では「38点」であったが,本来の評価者であるC所長(かつての直属の上司)は3つの項目で減点をし「35点」の評価を行った。

評価項目 本人申告 C所長による評価 D部長による修正
1.自己管理能力 n n-1 さらに減点
2.意思疎通・信頼関係 n n-1 さらに減点
3.費用対効果 n n-1 さらに減点
4.組織理解 n n 減点
5.等級 n n 減点
6.対外的関係 n n n
7.外部との連携 n n n
8.言語習得 n n n
(合計) 38点 35点 29点

そこへ,D部長がさらに減点を行ったため,Xの評価は「29点」にまで下がった。この影響でXは,4等級13号俸(月額35万4600円)であったところが5等級18号俸(月額29万300円)へと降格になり,給与が下がったというもの。本件は差額賃金等を請求した。そして,この請求は認められています。
 その理由として,判旨では「人事制度が定めるルール・前提」について,興味深い認定があります。何でも,このたび導入された新しい人事制度は,D部長その人が考案したものなのだとか。制度の運用にあたっては,

  • 「評価は評価者の主観的な受け止めによってはならない」
  • 「評価は漠然とした印象や推察で行ってはならない」

というテーゼがあったようなのですが,D部長がXの評価を下げたのは正しくこのテーゼに抵触すると判決の中で評価されています。策定したルールを破ったのは,ルールを作った本人だったという……。そのため,

 「D部長による本件修正は本件人事制度が定めるルール・前提に合致したものとはいえない」

から人事権の濫用にあたるという結論が導かれています。
 そんなわけで一般的な人事評価制度を論じる素材としては適さない事件なのですが,読んでいるぶんには面白い判決です。