海堂尊 『チーム・バチスタの栄光』

 文学研の読書会に参加。今回のお題は,海堂尊(かいどう・たける)『チーム・バチスタの栄光*1。近く映画化されるのに合わせ文庫化もされたということで。
 「このミステリーがすごい!」で大賞を取った作品。ですが,これってミステリーなん? 
――と聞いたら,皆に渋い顔されました。広義のミステリーの範疇には入るだろうけれども,これを〈本格〉〈推理小説〉の枠に入れるのは難しいだろう,と。何せ,「どこに謎があるのか」を探るのがミステリー部分であり,謎の所在が判明すると共に事件は解決に向かってしまう。その点,文庫版の帯では注意深く配慮されており,

現役医師が描くベストセラー
メディカル・エンターテインメント

と謳われている。以下,本作の特長をまとめてみる。

1. 医療を題材に採っていること

 著者の職業的専門性ないし知見が作品に活かされているというのは珍しい。ミステリーで活躍している人物というと,森博嗣(コンクリート工学)の他にはあまり適例が思い当たらなかった。
 なお,「医師に出自を持つ作家って他に誰がいましたっけ?」と問いかけたら「渡辺淳一」「手塚治虫」という返答があって,それはミステリーの人じゃないでしょと裏手ツッコミを入れたことを付言しておきます。

2. 柔剛構造の貼り合わせ

 文庫では上下巻構成になっているが,上巻と下巻とでまったくといって良いほどに作風が異なる。上巻は不安愁訴(しゅうそ)外来の田口医師による一人称ハードボイルド。村上春樹の初期作を想起したという人もいたくらいに《まったり》とした中で問題状況が伝えられる。
 それが下巻になると,厚生労働省の“ロジカル・モンスター”こと白鳥*2の登場によって振り回されるコメディに……
 この二面的構造は本書の魅力ではあるが,逆に欠点ともなりうる。白鳥を途中で投入することにより問題解決へ向かわせたことを否定的に捉えていた読者もいたことを添えておこう。また「清涼院流水あるいは西尾維新をリスペクトしたとは指摘されなければわからないようなジョジョ的おやじスタンド」なんていう見方もあったり。

3. 腐女子さん大喜びなキャラの宝庫

 ワトソンとホームズに当たる役柄としてある白鳥技官と田口医師もそれぞれに味があるが,その他の登場人物もなかなかに魅力的だ。アメリカで腕を磨いてきた外科のホープ桐生兄弟,狡猾に立ち回って権力闘争を采配する高階病院長,『白い巨塔』ばりのヒール(悪役)をこなす黒崎教授。
 これらの男どもの造形が良くできていて,作品を離れたところでキャラが動きやすい。「田口センセ誘われ受け」「と見せかけてヘタレ攻め」「桐生兄弟はガチ」といった腐った話で大いに盛り上がる(ちなみに,本日は女性の出席者なし)。京極堂シリーズをもっと脂っこくした楽しみ方が可能。
 ところが,映画版では配役を大きく入れ替えて颯爽とした雰囲気のものを狙うようです。もったいない……。
 社会派ちっくに医療問題を真正面から読み取るも良し*3。前半と後半で生じる文章の落差を考察するも良し。キャラで遊ぶことだってできる。ミステリーとしての意義については留保するけれども,娯楽小説(エンターテインメント)としてならば相当に秀逸だ。


▼おとなりレビュー

 読み終えた時には、少なくとも1人は好きなキャラができているはずだ。ミステリーとしても、医療モノとしても、キャラクター小説としても、まさにパーフェクト。
http://gamenokasabuta.blog86.fc2.com/blog-entry-446.html (かさぶた。)

*1:単行本 ISBN:4796650792,文庫版〔上〕asin:4796661611〔下〕asin:4796661638

*2:労働省きっての議論好きと名高い hamachan が脳内イメージになってしまっていけません。そう思い始めると,テンポ良く長回しのセリフをしゃべるところまで似ているような気がしてきて...

*3:専門に関わる部分なので若干のコメントを。本書を通して著者が訴えかけている死亡時医学検索の必要性については理解します。日本労働法学会誌109号に「基礎疾患の存在と業務(公務)上外認定」という文章を書きましたが,そこで取り上げた内之浦町教委事件などは死亡時に解剖がなされて基礎疾患の状態が確認されていれば,労働災害に該当するか否かを明確にできたような事案でしょう。でも,著者の訴えを医療コストの負担についてという点からみると,厳しいですね。