大学院はてな :: うつ病発症から3年の休職を経てなされた解雇の可否

 研究会にて東芝〔うつ病・解雇〕事件東京地裁判決平成20年4月22日労働判例965号5頁)を検討。
 液晶工場で働いていた技術者Xがライン立ち上げの責任者となり,約5か月間にわたり法定時間外労働が月70時間に及ぶ長時間労働に従事した。会社Yはこのことを関知しうる状況にあり,産業医によって実施される「時間外超過者健康診断」をXは複数回受診していた。
 平成13年の夏になってXは頭痛を訴えるようになり,「抑うつ状態」と診断されて療養に入った。Y社には業務外の疾病について長期欠勤の制度があり,Xの場合は15か月の「欠勤」+20か月の「休職」を利用した。
 Y社では「メンタル不調者の職場復帰プログラム」が策定されている。Xの場合,おおむね3か月に1度の割合で上長と面談をし,約3年間の間に20回以上に渡って臨床心理士のカウンセリングを受診させる機会を設けていた。 平成16年6月,Yの産業医は「復帰プログラム」に基づき,職場復帰に当たって主治医の見解を聞きたいとXに説明し,Xから情報開示に関する同意を得た。この時点でもXは「職場復帰はできない」旨を主張しており,主治医の見解も「今後も長期的な治療が必要」というものであった。Yの勤労担当者はXと面談して職場復帰に向けたYの考え方を説明し,職場変更が可能であることや,疲れたらすぐ休めるよう健康管理室にX独自の個室を設置することなどを提案し,休職期間満了前に復職するよう説得を試みたが,やはりXは職場復帰は不可能である旨告げた。そこでY社は「復帰プログラム」による取り組みを断念し,平成16年9月9日,休職期間満了を理由としてXを解雇したものである。

労基法§19-1 使用者は,労働者が業務上負傷し,又は疾病にかかり療養のために休業する期間及びその後30日間並びに産前産後の女性が第65条の規定によつて休業する期間及びその後30日間は,解雇してはならない。ただし,使用者が,第81条の規定によつて打切補償を支払う場合又は天災事変その他やむを得ない事由のために事業の継続が不可能となつた場合においては,この限りでない。
労基法§81 第75条の規定によつて補償を受ける労働者が,療養開始後3年を経過しても負傷又は疾病がなおらない場合においては,使用者は,平均賃金の1200日分の打切補償を行い,その後はこの法律の規定による補償を行わなくてもよい。
労基法§75 労働者が業務上負傷し,又は疾病にかかつた場合においては,使用者は,その費用で必要な療養を行い,又は必要な療養の費用を負担しなければならない。

 東京地裁は,Xが休職に入ったそもそもの原因は過重労働にある→Xのうつ病発症には業務起因性が認められる→療養のための休業期間中における解雇は労基法19条1項本文に違反して無効である,と判断しました。
 この事件がとてつもなく面倒なのは,労災民訴の事案で労働基準法19条1項が用いられており,労災認定にかかる行政判断が援用できないところ。本件でXが労災申請をしたのは,解雇される前日(平成16年9月8日)のことでした。そして労働基準監督署は「業務上のものとは認められない」と判断し,再審査においても判断は維持されています。つまり,通常の労基法19条事案であれば存在するはずの行政機関による症状の認定が存在しません。たしかに,平成13年の時点で争いになっていれば裁判所の言うとおりであり,業務上災害と認定しなかった労基署の判断も不適切でしょう。本件の労働者に対しては,何らかの救済策が講じられるべきです。それが何だか釈然としないのは,約3年間の休職期間中,Xが《私傷病》として取り扱われることに異議を留めていなかったのに,解雇が具体化したところで《業務上疾病》との主張を展開しているため。すなわち,〈補償給付不支給処分〉の取消しを求める行政事件訴訟ではなく〈解雇無効〉を求める民事訴訟なので,本来的な筋道とは異なる立論をしなくてはなりません。
 なお,本件では会社側が興味深い主張を展開しておりました。「業務による心理的負荷による精神障害は,医学上一般的には6か月から1年程度の治療で治癒するところが多いとされる」にも関わらず,6年以上も会社業務に携わっていない原告労働者が未だ治癒していないことからすれば,うつ病発症と業務との間の相当因果関係は否定されるべきではないか――というものです。これは第一審判決では判断されていない点ですが,控訴審での判断が気になります。
 もっとも難しいのは,精神性疾患の場合において,労基法81条にいう「負傷又は疾病がなおらない場合」をどう認定するのか……。本件の場合,Xが就労不能な状態にあることは原告が自認しているところでもあります。身体的損傷の場合,障害が残ることになったときには「症状固定」と判断して労基法19条1項本文の解雇規制を解除する代わり,社会保障給付を支給して対処を図ります。でも,精神性疾患について「あなたの鬱病は症状固定になりました」と判定するのは難しいところがあります。業務上疾病であったとしても一定期間を経過した時についての処理を法81条が用意しているのに,メンタルヘルスの場合についてのみ雇用関係の維持を使用者に求めるとすれば使用者に対して無理を強いる状況になってしまい整合性を欠きます。判断基準については事例の蓄積を待つほかないような。