水町勇一郎・連合総研編 『労働法改革』

 昨日は札幌にいらしていた西谷敏先生を囲んでの研究会に出席し,懇親会にも参加したので帰りが遅くなったのですが,日本経済新聞出版社から『労働法改革――参加による公正・効率社会の実現』ISBN:4532133815)の著者見本が届いておりました。来週あたりから店頭に並ぶ予定だそうです。
 この本は,2007年4月から2009年2月まで,財団法人連合総合生活開発研究所の委託を受けて開催された「イニシアチヴ2009研究委員会」の最終報告書をまとめたもの。ウェブ上でディスカッション・ペーパー(DP)が公開されておりますので,そちらで試し読みをどうぞ。

 次のような章立てになっています。


第 I 部 労働法改革のグランド・デザイン

  • 第1章 労働法改革の基本理念――歴史的・理論的視点から [水町勇一郎
  • 第2章 新たな労働法のグランド・デザイン――5つの分野の改革の提言 [水町勇一郎

第 II 部 労働法改革の視点

  • 第3章 労使関係法制――ドイツおよびフランスの動向 [桑村裕美子]
  • 第4章 労働者代表制度――スペインからの示唆 [大石玄
  • 第5章 雇用差別禁止法制――ヨーロッパの動向 [櫻庭涼子]
  • 第6章 雇用差別禁止法制――スウェーデンからの示唆 [両角道代]
  • 第7章 労働契約法制――課題と改革の方向性 [山川隆一
  • 第8章 労働時間法制――混迷の原因とあるべき法規制 [濱口桂一郎
  • 第9章 労働市場法制――歴史的考察と法政策の方向 [濱口桂一郎

第 III 部 経済学・実務からの考察

  • 第10章 労使コミュニケーションの再構築に向けて [神林龍]
  • 第11章 労働関係ネットワーク構築のための素描――特に「仲介者」の役割について [飯田高
  • 第12章 労働組合の視点から――職場における「公正」の確保に向けて [杉山豊治・村上陽子]
  • 第13章 人事労務管理の視点から [荻野勝彦

むすび――本書の到達点 [水町勇一郎
http://www.nikkeibook.com/book_detail/13381/ をもとに補遺

 まず第1部で水町先生がフレームワークを提示し,それを受けた第2部で労働法メンバー6人が検討を加え,さらに第3部前半で労働経済学(神林先生)&法社会学(飯田先生)からの検討,そして第3部後半で労使実務家(情報労連の杉山さん,連合〔本体〕の村上さん,そしてid:roumuyaこと荻野さん)が批判を展開する,という構成です。
 なお,「グランドデザインを描いて議論を喚起したい」というのが主査・水町勇一郎先生のご意向でしたので,研究会メンバーによる意見の擦り合わせは行っておりません。そのため,研究メンバーが本の中で水町提言とは異なる見解を示しているところも多々あります。そういったところも含み置いていただいたうえで,お読みいただければ幸いです。
 水町提言では,〈1〉労使関係法制,〈2〉労働契約法制,〈3〉労働時間法制,〈4〉雇用差別禁止法制,〈5〉労働市場法制という5つの領域を柱としております。私が執筆した第4章では,このうちの労使関係法制に絡み,従業員代表制の導入について比較法を主とした文章を書いております。
 ……ちょっと場外戦をしておきましょうか。
 日本における労働条件の決定システムは「労働協約」「労働契約」「就業規則」の3つが組み合わさって構築されています。しかしながら,労働組合活動の低迷によって「労働協約」の適用下にある労働者は少数になっているのが現状です。「労働契約」はというと,日本では雇入れの際に交わされる契約の条項がスカスカであることが多く,労働条件を決める機能が弱いのが実状です。昨今では有期雇用労働者については労働契約を交わすことも多くなっていることと思いますが,それにしても「契約書どおりに雇用は3年で終了して,その先の更新はありませんよ」というための便法に使われてしまうのがオチ。
 結局,労働条件の多くは,使用者が一方的に定めることのできる「就業規則」に委ねられてしまうということになります。「対等の立場において,決定すべき」〔労働基準法2条1項〕労働条件が使用者の思うがままになるのは,法の理念からしても不適切です。実際,オイルショックの時期に就業規則を用いた労働条件の引き下げが相次いだことから,裁判所を通じて「就業規則の不利益変更法理」が打ち立てられました。現在では,労働契約法(2008年3月施行)の第9条ならびに第10条となっています(判例法理と法の条文が同じかどうかは議論あり)。法律の名称は「労働契約」法となっているものの,その実質からすれば「就業規則」法と呼ぶのが相応しい位置づけの立法であります。
 こうした認識に立ちますと,集団的な労働条件決定システムが空白となっている現状に対して,どう対応するかが労使関係法制の課題だと言えます。これに対しては意見の分かれるところでありますが,今回の水町提言では「従業員代表制度の創設」を唱えております。比較法的にみると,すでに労働組合が存在しているところに従業員代表制を並立的にくっつけているのがスペインの制度だ,というわけで書いたのが今回の文章です。
 が,水町先生から日本法についての示唆を書いて欲しいとのオーダーがありましたので,最後に少しばかり私見を書き加えました。それが,「従業員代表制に賛成なのか反対なのか,お前はどっちなんだ!?」というニュアンスになっている最後の一文。
 《法律学》の立場からすれば,従業員全員を強制加入させる形の労働者代表制を設けるのが最もスッキリします。しかし《労使関係論》からすると,たとえ制度というハードウェアを用意したところで,ソフトウェアを動かして運用できる人材がいなければ機能はしません。新たな労働者代表制度を設計するにしても,果たして職場ルールづくりに責任を持って関わってくれる労働者側の人材が揃うのかが不安なところ。下手をすれば,労使関係法制までもが使用者の一方的な権限行使の手段として使われるという事態も危惧されるところなのです。
 考えあぐねたあげく,迷いもそのまま残した文章と相なりました。脱稿した後に濱口先生の『新しい労働社会』が上梓されたので今回の文章には反映できなかったのですが,その第4章で展開されている「労働者代表組織は労働組合であってはならないが,労働組合でなければならない」という提言も,私の考えているところと方向性は同じなのだろうと思っております。

 自分自身が関与しているということを割り引いて評価しても面白い本になっていると思いますので,手に取ってみていただければ幸いです。