くりやのくりごと

 林望くりやのくりごとリンボウ先生家事を論ず』読了。

くりやのくりごと―リンボウ先生家事を論ず (集英社文庫)
 厨の繰り言、ですか。う〜ん、相変わらず鋭い指摘がなされているのですが、「そうは言ってもねぇ」というところもあって、手放しに誉められないのがつらいところ。幾つか検討してみましょうか。

  • 洗濯物を外に干すのはやめよう。取り込みの手間のかからない乾燥機を使うべし。
    • 乾燥機を買わなくちゃいけないですねぇ。
  • 押入は不要である。
    • これから家を建てるなら、そうします。
  • 毎日買い物に出かけるのはやめよう。
    • 週に一度のまとめ買いで済ませるためには、自動車を所有しなくてはならないです。
  • 掃除をさせて人を教育しようという考えは間違いである。
    • 理念には同調できますが、清掃に携わる人を雇うための費用をどう捻出すればいいのやら。慶応の高校では生徒に掃除をさせていないという例をあげられても、なにせ私立の雄ですから……
  • 甘塩ではなく辛塩で締めた鮭が美味い
    • 生のシャケの方がおいしいと道産子は主張します。回転寿司なら、100円で食べさせてくれるし。

 経済的負担を要求するものだったりすると、「御説ごもっともですが」なのです。どうして日本の鍋は花柄などという余分な装飾を付けるのか、どうしてヤカンは熱効率の良い平たいものを作らないのか!と言われても、職人じゃないしねぇ。
 これが、イギリスとの比較で日本の習慣を疑ってみようではないか、というところではリンボウ節が心地よいのですが。知性とか教養といったものなら、大脳の回路を組み替えるだけで対応できますしね。何事も根底から考え直してみないと。しずかちゃんは、古めかしい良妻賢母の思想を少年少女に植え付けているのだという主張は、大いに賛成したい。そう、日本ジェンダーは、未就学児童が視聴するテレビ番組で既に固定化されてしまっているのです。『おジャ魔女どれみ』を男の子が楽しんだっていいじゃないですか。



 一箇所、うなずいたところの抜き書き。

健康上の理由から、私はこのところ野菜を主とし肉食を極力避ける生活をしている。ところが、肉は旨い。これが問題だ。野菜というものは、それ自身には、肉や魚のような「旨味」を含んでいないので、そのまま食べても、なんだか味気ない。〔中略〕東洋で醤油やニョクマムといったような醸造調味料が発達して西洋ではこれが未発達に終わったのは、結局東洋は菜食を主とし、西洋は肉食を主とするからであるとさえ言われている。(51頁)

 私も、スペインに来てから肉を避けるようになりまして。肉を食べずにいると身体が軽いという事情もあるのですが、半ば宗教に近い理由。この国には闘牛というものがあって、どうしても考えてしまうんですよ。私は、闘牛を非難する気にはなれないのです。闘牛は、人間が自然を克服して文化を打ち立てたことの縮図だと考えていますから。遊びで殺戮をしているのではなく、野性に向かい合う儀式なんですよ。星野道夫イニュニック〔生命〕』を読むと、狩猟生活を営むアラスカの先住民族達が、クマ、シャケ、カリブー、クジラに祈りを捧げて自然からの恵みを受け取る場面が出てきます。その姿に触れた時、他にタンパク質の供給源を確保できる豊かな人とか、見知らぬ誰かが家畜の殺害を請け負ってくれるのでケガレを知らない人達の持つ思想が「動物愛護」ではないのかという気がしてきたのです。

イニュニック 生命―アラスカの原野を旅する (新潮文庫)
 そんなわけで、普段は菜食にして、特別な時にだけお肉をいただくことにしています。チーズとヨーグルトと豆腐と卵を頻繁に摂取しているので、まったく問題ないですよ。ということで、おいしく野菜炒めをいただくために醤油は欠かせないものである――というのが本日の結論です。