地球派読本

 日本ペンクラブ編『地球派読本』(1990年、ISBN:4828831649)読了。
 21人の論客によるアンソロジー。1986年から1990年にかけて、各所で発表された文章を集めた短編集。開高健立松和平景山民夫井伏鱒二といった顔ぶれは、どことなく郷愁を感じさせる。
 この《アンソロジー》という類のものは、あまり印象がよろしくない。どうしても、作家によってバラツキが出てしまう。ゲーム系のそれでは幾度となく泣かされている。しかし本作は、ある一編を除いて質が揃っており、力作が多い。どうも読みにくいと思った高木仁三郎氏の文は、『岩波講座』が出典とする科学論文であった。これは、いただけない。
 もっとも印象に残るのは、巻頭に置かれた手塚治虫「科学の進歩は何のためか」。鉄腕アトムは「科学技術が、どんなに深い亀裂や歪みを社会にもたらし、差別を生み、人間や生命あるものを無残に傷つけていくかをも描いたつもり」だという。一冊だけ持っていたアトムの選集に、ヒトの男性がロボットの女性と恋をし、ロボットとも婚姻が出来る日をまちわびるという場面がありました。その解放論者は、ロボットの権利拡大をこころよく思わない守旧派によって爆殺されてしまうのです。“To Heart”にて高橋龍也マルチHMX-12)にこめた「ロボットに心は必要なのか?」「ヒトはロボットを愛せるのか?」というテーマを数十年も前に描いていたことには、その洞察力に敬服するばかりです。
 司馬遼太郎「樹木と人」は、日本の山林が如何に手入れされていたかを、歴史をひもときながら語る秀作。明治政府が東京に大学を開設しようとした時、石黒忠悳が上野の山をつぶす計画を立てた。だが、オランダ人医師A.F.ボードイン都市公園という思想を授けられ、本郷を代替地にしたのだという。
 杉浦孝明――って誰かと思ったら、映画評論家のあの人でした。「おすぎの原発映画案内」は、チェルノブイリ原発事故の影響から書かれたものだと思う。核爆弾や原子力発電を題材に採った映画を、軽妙な語り口で紹介している。ここに登場するものは、是非とも観てみたい。
 情報としては古いので役に立たないものも多いのですが、1980年代後半の世相を思い起こし、大して進歩していないことを認識することはできます。