スイス旅行記 (3/5)
Neuchatel - le matin
今日は市内の博物館を訪問。午前中は、自然史博物館(Museum d'Histoire Naturelle)へ。駅と市街地をつなぐ坂道の曲がり角にあります。途中、パン屋さんが開いているのを見かけました。基本的に商店は日曜休業なのですが、パン屋が開いているというのはスペインと共通で安心しました。つまり、食べ物を買い忘れてもパンだけは確保できるあてがあるということですから。
せっかくジュラ山脈に来たのだから恐竜の標本でも見られないかと思って来てみたのですが、小さなアンモナイトの化石は売っていましたが、あくまでお土産用。ヌーシャテルの近辺はジュラ山脈の北東端に当たるものの「ヌーシャテル地方」であり、「ジュラ地方」には含まれないようなのです。どうも、湖の北西のあたりを指す呼び方みたい。紛らわしいことに、ラ=ショウ=ド=フォンの北側には「ジュラ州」というのがあるのですけれど……
では、この博物館の収蔵傾向はというと、まるで動物園でした。並べられているのは、スイスに生息する生き物達の標本。剥製が陳列されていたのには驚きましたけれど。剥製とは、要は遺骸です。日本の宗教観からすると、死体を飾っておくのは気持ちのいいものではありませんので、はく製にされるのは絶滅した動物くらいなものでしょう。死んだものは、大地に還そうとします。ヨーロッパ的宗教観では、死んだ後の肉体は単なる抜け殻に過ぎないので、聖人の亡骸を保管していたりします。バレンシアの大聖堂には、「聖者の腕のミイラ」が祭られているんですよね。
しかし、ながめているうちに、動物園こそ残酷なものではないかという疑問が湧いてきました。生きている者を檻の中の限定された空間に閉じこめておくことの方が、罪深いのではないかな――と。私は、魂が離れたあとの身体は土に戻してもらいたいと思うけれど、しばらくの間なら他の生命体の知的好奇心ために貸してあげてもいいかな。写真や映像では存在感というものがないから、実体を見ることには十分な意味がある。そして、自然の奥深くまで立ち入ることには困難があるから動物園というシステムが出来たわけですが、剥製にした標本でも目的は達せられるのではないかと感じました。もし動物園関係者の方が読んでおられましたら、剥製の利用について考えてみてはいただけないでしょうか。
もう少し展示内容を紹介すると、地上階に入口があって、ウサギさん、リスさんといった人里に近い場所に生息する小動物が中心になっています。だからといって、ネズミさんやコウモリさんまで充実していて、ゴミ捨て場まで忠実に再現していたのは、ちょっとあれでしたが(^^;
地下階は、キツネさん、イノシシさん、シカさん、オコジョさん、リンクス(ヨーロッパオオヤマネコ)さんなど。
1階(日本でいう2階)は、鳥さんが豊富に集められています。横のボタンを押すと、鳴き声が流れるという仕組み。
2階は特別展用の空間になっていて、この日は「だまし絵」の展示でした。
Neuchatel - midi
昨日買っておいたパンで昼食にすることにしたのですが、晴れていたので見晴らしのいいところで食べようと考えました。そこで、高台の上にある牢獄塔(Tour des Prisons)へ。ここからは、ヌーシャテルの街を見渡すことができます。入口に柵が設けてあって、コインを入れると入場できるようになっています。
しかし、どうも視界に入る景色とはうらはらに、あまり雰囲気が良くない。なにせ、「牢獄塔」ですからね…… 塔のすぐ横にある参事会教会 (コレジアル教会)(Eglise Collegiale)に場所を移し、気持ちの良い前庭で昼時を過ごしました。
Neuchatel - l'pres-midi
午後は、歴史美術博物館(Musee d'Art et Historie)へ。今回のスイス旅行の主目的です。ここの見物は、オートマタ(自動人形)。18世紀のエンジニア、ジャケ=ドロー親子(Pierre Jaquet-Droz ?, Henri-Louis Jaquet-Droz 1752-1791)の手がけた3体の人形が納められています。ところが、この実演を見られるのは「毎月、第1日曜日の14時/15時/16時」だけなのです。地上階には工芸品が飾られていますが、ごく並の品々。
人形の展示室へは、時間にならないと入れてもらえません。扉の近くで、所在なげにしている入館者は、およそ20名。筆者は会場と同時に中へ入り、真正面の最前列を確保しました。
まず最初は、解説スライドの上映です。フランス語で理解できなかったのですが、オートマタが造られた時代背景や、人形の構造を説明していきます。そのあとで、いよいよ実演。
1) 書記くん(L'Ecrivain)
羽根ペンにインクを付け、文字を綴っていきます。「ヌーシャテルのジャケ=ドローによるオートマタ達」(Les automates, Jaquet Droz d'neuchatel)という文を披露してくれました。
2) 画家くん(le Dessinateur)
鉛筆で、イヌさんやマリー=アントワネット妃など、4種の絵を描きます。シュシュッと、あざやかに描き上げていきます。解説によると、(1)前後、(2)左右、(3)上下という3つの動作に分解することによって実現しているそうです。要は、CADの「X-Yプロッター」なわけですが、それを230年前に、歯車の動きによって成し遂げているのです。時折、息を吹きかけるという芸もみせます。
3) 音楽家さん(la Musicienne)
小型のパイプオルガンを弾いてみせてくれます。オルゴールのように歯車のとげとげで音を鳴らす仕組みなのかと思っていたら、人間と同じように指先を動かして鍵盤を押すことにより演奏をこなしているのだとか。よく見ると、胸をふくらませて呼吸までしています。
書記くんと画家くんの作品の模写は、売店で販売されています。この日、私は14時と16時の回を見学しました。すると、1日に2度も見に来る東洋人は目をひいたらしく、最後に画家くんの描いた実物を頂戴しました。なお、この日の入場者は40人ほどでした。やはり、1回目が混んでおり、3回目の方がすいています。しかも、片付けの時まで見つめていると私のように実物をもらえるかもしれません(笑) 見学席はイチョウの葉のような雛壇になっており、左よりに座ると技術者さんの動きが観察できます。
なお、正面入口の前にある階段を昇って上の階に行くと、美術館になっています。オートマタに気を取られて忘れそうになりました。展示物を数か月ごとに入れ替えているようで、この日は前衛絵画でした。興味がわかなかったので、さくっと退出。去り際、作者の名前くらいは見ておこうとポスターを見たのですが…… 下の方に、なんか黄色いエンブレムが。外務省から送付されてくる書類に刷り込まれている、見慣れたやつ。
――なんと、Joan Hernandez Pijuan というスペインの作家でした(汗)