機長の危機管理

 桑野偕紀+前田荘六+塚原利夫「機長の危機管理 何が生死を分けるか」(講談社+α文庫、ISBN:4062566540)かろうじて読了。
 きっぱり言います。愚書。買ったことを後悔したのは、ほんとに久しぶり。
 著者は、いずれも日本の航空会社で機長を務めている人物。本書の欠点がここにある。危機管理に関する本を、いみじくも機長が書くとはどういうことなのかを、執筆者が理解していない。
 本書では危機管理の基本を(1)危機に気づくこと、(2)危機を排除すること、(3)危機を回避すること、(4)危機を乗り切ること――と冒頭で述べている。さて、そこで想定している《危機》とは何なのか? そこに執筆者の考えが及んでいないように思えます。
 言うまでもなく、機長にとっての《危機》とは航空機事故。しかし、ここで丹念に墜落や衝突の防ぎ方の講釈をされても意味がない。このような本を著すならば、《危機》を防ぐためにどのような視点が必要なのかを、パイロット養成や航空機事故を「素材」にし、それを他の一般的な事柄に敷衍していくということになるのではないでしょうか。それが出来ていないが故に、落第と申し上げているのです。
 危機に対処する思考の持ち方については第3章で扱っているのですが、認知心理学の教科書を引き写したようなひどい出来。やたら英語を多用し、理解を妨げるモデル図を提示し、対語を並べたて、わかったような気にさせる――よくある手法なんですけれどね。本文中に、書名の「機長の危機管理能力」を箇条書きで説明している箇所があります(141頁)。そこを引用してみましょうか。

  • 業務管理能力(Routine Manegement Ability)
  • 危険管理能力(Risk Management Ability)
  • 危機管理能力(Crisis Management Ability)

これは即ち、

  • 係長級の管理能力(Secretarial Manegement Ability)
  • 課長級の管理能力(Managerial Manegement Ability)
  • 部長級の管理能力(Directorial Manegement Ability)

に相当すると解説しているのですが…… 失礼ながら、これは「機長」にしか書けないという筋合いのものではありません。加えて、縦書きなので英文は読みづらいったらありゃしない。しまいには「行動のパターン(pattern)化」など、どうして英語を添えているのか、訳を問いただしたくなるものまで。外国語を並べておけばスゴいことを言っていると思ってもらえるとでも誤解しているのでしょうか。米国から輸入したものを消化しきれていない、という未熟さの表象でしかありません。
 本書は、自動車学校の教官が読んだら話のタネに出来る、というほどのものです。つまり、危機管理を指導する人の立場から書かれているに過ぎず、危機を防ぐシステムの構築を実際に組み立てるにあたって何の役にも立たない。