小谷野敦 『もてない男』

 小谷野敦(こやのあつし)「もてない男――恋愛論を超えて」(1999年、ISBN:4480057862)読了。
 なんとも評価し難い本だなぁ……。筆者は1962年生まれで、東京大学の英文科卒。女性によるジェンダー論に対抗する《男性学》の立場から書かれている。
 ――のだが、論旨が荒っぽい。筆者の個人的見解の結論が、十分な論証もなくポンポンと書き立てられている。批評するならその点を追求するところなのだが、あとがきで筆者自らが、これは研究でも評論でもなくエッセイだと、逃げの手を打たれている。上野千鶴子を、言動ではなく行動をとらえて批判するのは如何なものかと追求しようとしても、私怨で書いているのですと予め宣言されているので、それもできない。
 かなり戦略的にテーマと文体と攻撃対象を選んでいるので、まずは筆者の立ち位置を認容できるかどうかが評価を左右するように思う。これから本書を読もうと考えの向きには、先にあとがきを読んでおいた方がいいだろう。
 7つのテーマから構成されているのだが、出来不出来(?)の差が大きい。
 第4回『てめえらばっかりいい思いしやがって!――嫉妬・孤独論』は、小題からしてヤケクソである。筆者の、自分はもてないというルサンチマン(法界悋気:ほうかいりんき、怨恨)が露わになっているところであり、いたずらに客観性を装うのをやめていることがはっきり伝わる箇所。第1回『童貞であることの不安』も方向性は似ているのだが、こちらは文学作品に登場する童貞喪失の場面を並べていく。筆者が専攻する比較文学の手法を援用しているので、本書のなかではもっとも客観的だが、それでも田山花袋よろしく赤裸々に一人称が登場する。
 啓蒙的に読もうとするなら、第7回『恋愛なんかやめておけ?――反恋愛論』。2つの著作、政治学者の神島二郎による「日本人の結婚観」、小児科医である松田道雄の「恋愛なんかやめておけ」をもとに、現代の一般社会に浸透している《恋愛賛美》に対して疑問を提起する。その前振りにあたるのが、第5回『妾の存在意義――愛人論』。夏目漱石「それから」において、主人公が妻を持たずに妾を置こうかと考えあぐねている箇所を手がかりに、結婚には恋愛が伴うという考えは20世紀に入ってからの迷妄だとしている。さらに補強として、長谷川三千子「からごころ」、森田正馬「恋愛の心理」、映画「おいしい結婚」を挙げる。
 自称もてない男が書く本書の辿り着いた先は、恋愛不要論。しかし、それを敗者の戯言などと言うのは、ちょっと早い。

「人生には恋愛のほかにもっとおもしろいことがたくさんある。年のわかい人に恋愛至上主義が多いのは、まだ人生のほかのおもしろいことを知らないからだ。おとなになって恋愛至上主義ってのは、人生にやりがいのある仕事をみつけられないでいる、気の毒な人だ。」
前掲・松田道雄

この問いかけへの返答に窮するところで、本書は終わっているのである。そこで人生の面白いことを見つけられないなら、《恋のスキルアップ》に励むしかないという。本書を読んで同類相哀れむことはあっても、慰めてもらえるわけではないので、ご注意を!
ぱすてるチャイム ~恋のスキルアップ~
 ちなみにこれは「ぱすてるチャイム 〜恋のスキルアップ」(アリスソフト、1998年)