虚妄の成果主義

 高橋伸夫(たかはし・のぶお)『虚妄の成果主義――日本型年功制復活のススメ』(ISBN:4822243729)読了。
 成果主義(あるいは能力主義)か、はたまた年功制かというのは、単にブームないしトレンドとして語られてきただけではないのか? この50年間における言説の変化を指摘しながら、経営組織論を専門とする著者は鋭く切り込んでいく。本書の主旨は簡潔明瞭。序文に書かれた次のような一文で明らかにされている。

従業員の生活を守り、従業員の働きに対しては仕事の内容と面白さで報いるような人事システムを復活・再構築すべきである〔4頁〕

 まず「人が働く理由を知っていますか?」*1と問いかける。そして、「人は金のみにて働くにあらず」*2と答えるのだ。高橋は、人は面白いから仕事をするのだと説く*3日本型年功制とは、「次の仕事の内容」で報いる人事システムに本質があるとする*4。仕事に打ち込める環境を用意するための人事評価制度――その1つの模範解が日本型年功制であったのだと高橋は評価する。人件費を「コスト」と考える企業に将来はない、人材へは「投資」すべきであるというのが高橋の主張。
 本書に対する疑問として、「役に立たないお荷物をクビに出来ない制度でいいのか?」という声があるだろう。これは私から言わせてもらえば、解雇法制に対する誤解である。終身雇用の下にあっても、労働法は能力に欠ける者の解雇を許容している。労働法が解雇に対して厳しい態度を取るのは、それで得てして職場内いじめだとか、手続的不備(不意打ち)といった形で行われることを嫌悪しているのだ。著者は、ごく少数の「エース級」と「箸にも棒にもかからない」人はともかく、「どんぐりの背比べ」な「普通の人」に対して客観的な基準(成果主義)を当てはめることの副作用を述べている〔11頁〕。
 この本には、数式やデータといったものが、ほとんど登場しない。これも本書の性格を良く表している。高橋伸夫は、客観によって示すのではなく、主観によって語ろうとしているのだと思う。著者が未来傾斜原理(learning on future principle)と呼ぶ態度――過去を容赦し、紳士的に振る舞うことで、将来の協調関係を構築すること――への共感は、言葉によって喚起されるものだからである。
 本書を踏まえたうえでの検討課題は深刻。企業の中から「面白い仕事」が減りつつある。それ以前に、派遣労働やパートタイム労働の占める比率が増えたことで「面白い仕事」に出会うための機会に不均衡が生じているのではないかと思えるからだ。
 本書は労働について書かれた書物ではあるが、その射程は広い。社会と関わり方についても多大な示唆を与えてくれる。働くということ、評価されるということに関心を抱いたとき、是非とも読んでおきたい一冊。


▼ 書評

この本は世間的に「成果主義的」と呼ばれるあらゆるものはうまくいかない、ということを明らかにした
http://www.roumuya.net/shohyo/kyomo.html (荻野勝彦氏)

*1:第3章の題名

*2:第1章3節の小題

*3:そのために、ブルーム(Victor H. Vroom)による調査研究を示している。簡単に言うと、仕事を達成すると人は精神的高揚(満足)を引き出すということ。これを高橋は職務遂行・職務満足(job performance & job satisfaction)と称している。

*4:一見したところでは近似しているが、日本型年功制を「年功序列」とは異なる意味で用いられていることに留意する必要がある。28頁を参照。