四季 春

 森博嗣(もり・ひろし)『四季 春――The Four Seasons, Green Spring』(ISBN:4061823337)読了。
 天才科学者・真賀田四季(まがた・しき)の少女時代。殺人事件も起こるには起こるのだが、これをミステリィと呼ぶことには躊躇する。これはキャラクター小説だろう。私たちが「真賀田四季」として認識するキャラクターの。

 もし目に見えていなくても、触れることが出来なくても、音を発しなくても、存在を認識する意思が在るならばキャラクターは存在する。それが透明人間であろうと、脳内妹であろうと。逆に、座標空間上に実体として位置するものがあっても、認識する主体がいなければ存在していないことになる。冒頭で繰り広げられる認識論は、京極夏彦姑獲鳥の夏』を思い起こさせる。
 本作は、衝撃のデビュー作『すべてがFになる』に繋がる長大なプロローグの幕開け。あの日あの時、《彼女たち》3人は1つのメッセージを残した。真賀田四季、栗本其志雄(くりもと・きしお)、佐々木栖麻(ささき・すま)―― キャラクター達のために捧げられた鎮魂歌(レクイエム)。
 Vシリーズで暗躍するヒロイン役を演じた各務亜樹良(かがみ・あきら)を登場させているあたり、かなりあざとい。『赤緑黒白』の末尾、唐突に展開された「図書館の少女」と瀬在丸紅子(せざいまる・べにこ)のエピソードは、本書で収拾がつけられている。
 キャラクターの掘り下げに全精力を傾けている。「真賀田四季」に興味関心を持たない者には、何の感慨も与えることはないだろう。