パリ物語

 宝木範義(たからぎ・のりよし)『パリ物語』(ISBN:4061597302)を読む。
 パリを題材とした小文30本を収めたもの。冒頭の,パリの成り立ちを〈ローマ時代〉や〈セーヌ川〉といった観点から述べた文から読みはじめ,第5章「ルーヴル美術館」まで来たところで妙な箇所に遭遇する。

マルサン館の一画は大蔵省が使い,その隣の一角は,装飾美術館として別の展示にあてられている。現在,全体をルーヴル美術館として使う計画が進められているが,完成は一九八六年の予定である。

 あれ? この本は講談社学術文庫の新刊なのに――
 あとがきを開いてみると,元々は美術雑誌『日本美術工芸』の1981年6月号から1983年12月号にかけて連載されたもので,単行本(ISBN:4106002698)の文庫化でした。
 そんなわけで,執筆当時の最新事情を紹介した部分は,奇妙なことになっている。オルセー美術館は建設工事中でダンプカーが砂埃をあげていたり(第16章「近代の神殿」),今や古ぼけた感のあるポンピドゥ・センターが完成直後だったりする(第6章「都市空間の舞台」)。それから四半世紀が過ぎ,もはや一時代前のものとなってしまった《モダン》を,当時の視線がどのように捉えていたのかが知られる。
 本書の後半は美術関係の話題が中心となるが,こちらは様々な話題が提供されていて興味深い。19世紀から20世紀にかけてのプレモダン期に,パリが美の都としての魅力を備えていった様が語られている。
 筆者がパリに向ける眼差しには,絶対的な信仰に近いものが感じられる。それというのも本書が書かれた頃は,最先端のモードを送り出す発信源がニューヨークやミラノに移りはじめた頃。絶頂期を過ぎつつあるパリを懸命に盛り立てようと筆者が腐心した証なのだろう。