生きづらい〈私〉たち

 勤務先の専門学校で「就職出陣式」という催しがあり,講師代表として招かれたので出かける。堅苦しい場に出るのは数年ぶりなので,肩が凝る。最初の方で出番は終わったのだけれど,せっかくなので講演も聴いていくことにする。
 講師は,職員研修を手がけている会社の人。趣旨は「相手のことを考えよう」というものだったが,そう言っている講師自身が実践できていなかった。これから就職活動に臨もうとしている学生を相手に,変わった採用をしている会社のエピソードを話す(それは会社の人事担当者向けだってば)。まぁ,そこまではいいとしても,それらの事例から何も考察を引き出さずに終わってしまったので,何のために話をしたのか伝わらないだろうに……と思う(講師自身も目的意識を持っていなかったのかもしれない)。
 まぁ,こういう人がいてくれるおかげで,私のような商売が成り立つのですけれど。今度の講義で「あの講師は何を言おうとしていたのか」を解説し,「あのような講演を聞かされたらレポートには何を書くか」を伝授すれば,喜ばれる。
 で,講師はクレッチマー*1の性格分類*2を持ち出して「自分を知ろう」ということを述べていたのですが,知ってどうするのかという意識が希薄で講演は無惨な内容でした。むしろ,「自分を知らなければならない」というのが強迫観念じみていて怖いなぁと感じる。
 それというのも,移動中に香山リカ*3『生きづらい〈私〉たち――心に穴があいている』(ISBN:4061497405)を読んでいたので。「生きづらい」と訴える「患者さん」は,病気なのか健康なのか。あるいは異常なのか,正常なのか。そうした区別が意味をなさなくなった精神医療の現場が,目前に捉えている事例を紹介するエピソード集。結論が殆ど無いか,あっても香山の現時点における到達点を記したに過ぎない感のある読み物。良く言えば,精神科医の苦悩を率直に表明している。
 処方箋が示されているわけではないので,読んでも心に雲がかげるばかり。この本を必要とする人は,この本を読まない方がいい。

*1:Ernst Kretschmer(1888-1964):ドイツの精神医学者。

*2:神経質(N型),粘着質(E型),顕示質(H型),偏執質(P型),分裂質(S型),循環質(Z型)

*3:Rika Kayama (1960-):精神科医