すぐわかるキリスト教絵画の見かた

 原稿の締切まで,あと48時間。こんな時は文字の詰まったものは読みたくないので,絵の比率が高いものが嬉しい。
 最近眺めているのは,千足伸行石鍋真澄『すぐわかるキリスト教絵画の見かた』(東京美術,ISBN:4808707896)。
 旧約聖書における〈天地創造〉に始まり,イエスの降誕,キリストの受難から復活,それに聖家族や聖人たちまで幅広く80の主題を集める。それぞれの主題ごとに1枚の名画をカラーで紹介したうえで,主題の解説(聖書における意味)と場面の紹介(図像に何が描きこまれているのか)を,ほぼ同量の比重で説いていく。
 題名に「すぐ××る」と付いているのは得てして掘り下げ方が甘いものだが,この本は解説が優れている。特に「場面を読む」と題された箇所では,絵の中に仕込まれている〈約束事〉について仔細に記されているのが良い*1キリスト教絵画では,画面の中に配置されたシンボルやアトリビュート(持ち物・目印)に含意が込められているものだが*2,それらについても詳しい。
 スペインへ留学した折に実感したのは,ヨーロッパ文化の歴史の厚み。小さな町でも素晴らしい絵画を幾つも保有していたりするので,美術館を訪ねて歩くのが趣味の一つになった。
 最初のうちは何気なく絵画を見ていたのだが,目にした作品の数が増えると,楽しみ方も段々と変わってきた。作家ごとにテーマの捉え方が異なる様であるとか,表現の仕方にどのようなアレンジを凝らしているか,といったところに視線が向く。本書は,ただ漫然と観照していただけでは気がつかない「画家の工夫」について関心を向けさせてくれる。
 この本を読みながらつらつらと考えていたのは,西洋絵画の過去と漫画の現在は似ているのではないか――ということ。西洋美術は,[中世]には専ら神の栄光を描いていたところ人文主義が台頭した[ルネサンス]期に宗教的主題が脱落を始め,その後は[民衆風俗画]→[風景画]→[印象派]→[キュビスム]というように〈テーマ〉が後退する流れを辿っていく。
 今日のマンガ研究において夏目房之介竹内オサム伊藤剛らが取り組んでいる「マンガ表現」という着眼は,〈コマ構造〉や〈キャラ〉を注視することで,翻ってテーマやストーリーの持つ意味を相対化させる。このあたりの状況が似ていると思う次第。西洋美術史家なら,「キャラが戯れているだけでストーリー不在な萌えマンガ」の次に登場するものを予測できるかもしれない(?)

*1:もっとも,本書に難点がないわけではない。「図像のポイント」は指摘されるまでもないことが記されているに留まっており,批評的な視点を持たない。惜しまれるところ。

*2:例えば〈小羊〉は犠牲のシンボルであり,〈百合〉は貞節の象徴。