芸術新潮「パリ――中世の美と出会う五日間」

 『芸術新潮』2006年3月号(ISBN:B000EJ9JCW)の大特集「パリ――中世の美と出会う五日間」を楽しむ。
 取材対象の選定が,実に渋い。パリを題材に取っておきながら,登場するのはロマネスク(11〜12世紀)とゴシック(12世紀中頃〜15世紀)。それでいながら,編集部の人が書いた軽妙な本文のおかげで,重すぎず軽すぎず,いい感じの特集に仕上がっている。
 まず〔1〕「シテ島ぶらぶら」ではノートル=ダム大聖堂(Cathédrale Notre-Dame)とサント=シャペル(Sainte-Chapelle)を巡る。〔2〕「しずかなルーヴルと街角のロマネスク」では,サン=ジェルマン=デ=プレ聖堂(Eglise Saint-Germain-des-Prés)など,柔らかな作風を持つロマネスク期を取り上げる。写真には,クリスマスを前にした冷たい空気までも写り込んでいる。
 〔3〕「シャルトルへ」では,パリから南東へ列車で1時間のシャルトル(Chartres)まで小旅行。ガイド役を務める木俣元一*1氏が博士論文で研究対象にしたところだそうで,パンと葡萄酒を題材に取ったステンドグラスを前に,たっぷりと蘊蓄(うんちく)を傾けてくれる。
 美しい写真と地図,そして添えられた良質の解説があれば,バーチャルな旅は此上もなく楽しい。それに何より,現地に足を運ぶよりも確実に知的好奇心を充たしてくれる。路地まで描き込まれた詳細な地図があれば,いつまでも飽きることなく眺めていられる(古地図もあれば嬉しい)。ただ,書物では《嗅覚》と《触覚》を満足させてくれないのが残念だ。美術館で飲む珈琲が旨いというのも困る。
 〔4〕「クリュニーの至宝と壁さがし」では,国立中世美術館(Musée National du Moyen Age)を訪れ,かつてパリを囲んでいたフィリップ・オーギュストの城壁(Enceinte de Philippe Auguste)を見て回る。
 〔5〕「聖王ルイが愛した小さな町」では再びパリを出る。古い面影を残す町,シャンティイ(Chantilly),ロワイヨーモン(Royaumony),サンリス(Senlis)へ。
 最後は,木俣教授による講義「中世はなぜ終ったのか」で締めくくられる。曰く,

「本質的に宗教的だった中世に,そして本質的に中世美術だった中世美術に終わりを告げたのは,ほかならぬ宗教改革だったのです。」
「これまで自分たち自身とぴったり重なっていたキリスト教という概念を,まるで初めてであった他人のように外側から見つめなくてはならなくなったのです。」

この一言のおかげで,これまで見てきた中世美術と,蓄えてあった歴史知識とが重なってくれました。


▼ 関連文献
とんぼの本 フランス ゴシックを仰ぐ旅 とんぼの本フランス ロマネスクを巡る旅 シャルトル大聖堂のステンドグラス 図説 大聖堂物語―ゴシックの建築と美術 (ふくろうの本)

*1:きまた・もとかず。名古屋大学教授。専門は中世美術史。