新城カズマ 『ライトノベル「超」入門』

 読み始めて3頁目で確信した。これは面白い本に違いない。
 読みながら何度も笑った。軽妙な筆致で楽しませてくれる。
 読み終わったとき,興味深いところに貼り付けておいた付箋は40枚を超えていた。いつもは一桁なのに。

ライトノベル「超」入門 [ソフトバンク新書]

 新城カズマ(しんじょう・かずま)『ライトノベル「超」入門』(ISBN:4797333383)の意義は,次の3点に求めることができよう。
【1】 ライトノベルという存在の過去と現在について,アンケートやインタビューあるいは対談を交えず,単独の著者が書いたものであること。
 これだけで本書は十分な価値がある。これまでに刊行された解説書はカタログとしての要素が強かったように思うが,本書は分析として一本筋が通っている。
このライトノベルがすごい!2005 このライトノベル作家がすごい! ライトノベルキャラクターズ完全ファイル このライトノベルがすごい!2006 ライトノベル☆めった斬り!
【2】 現状をあるがままに記述するのではなく,現象に対して考察を巡らせたうえで,湧き上がる「なぜ?」にも著者なりの見解を打ち出していること。
 さすがに〈入門〉と断っているだけあって学術レヴェルでの引用には耐えられないかもしれないが,分析は実に鋭い。新城カズマは『ライトノベル完全読本』の編集に携わった人物である。ライトノベルの位置づけを,一般人――著者の表現では「ネクタイびと」が(たぶん)得心のいくように幅広い視座をもって述べる工夫がされている。ただ,定義については期待されているでろう回答を避け,巧妙にひねっているので,短気な人はイライラするかもね。
ライトノベル完全読本 (日経BPムック) ライトノベル完全読本 Vol.2 (日経BPムック) ライトノベル完全読本 vol.3 (日経BPムック)
【3】 それでいて文章が面白いこと。
 語り口の妙味。ライトノベルをモチーフにした娯楽小説と呼んでも差し支えない出来。カタログ的な解説書ではない。かつてはネットゲーム「蓬莱学園」のグランドマスターを務め,自らライトノベルを書く実作者でもある新城カズマが,読者を楽しませようとしているのが良くわかる。
 第2章では「キャラ類型」が紹介されている。さらっとキャラ名が挙げられているだけなのだが,その代表例にノミネートされている顔ぶれを見るに,ツッコミの余地をわざと残しているとしか思えない。新城は,読み手による〈邪推権〉について幾度となく触れているが,ここで行使してみせろということに違いない。
 巻末の「関連年表」にしてもそう。曰く,2003年は『モエかん』,2004年は『Fate/stay night』『Forest』,2005年は『人工少女2』によって代表されるのだそうだ。この選定,おたくトライブ(otaku tribe)への挑戦でなくて何であろう。


 内容についても簡単に触れておこう。
 「ライトノベルは“軽やか”でなければ生き残れなかった」という観点から,モチーフ/文体/刊行頻度について,進化論的に後付けの理由を述べている〔第1章〕。
 ライトノベルは〈ジャンル〉ではなく〈手法〉である」というのも興味深い。イラストとの深い結びつきについて説明づけを行う。〈キャラ/キャラクター〉という伊藤剛の枠組みも,〈少女向けジャンルが先行する〉というササキバラ・ゴウの見解*1も貪欲に取り込まれて考察が展開される。ギャルゲー(の分岐世界)がライトノベルに与えた影響についても立ち入った検討を行っていることは特筆に値する〔第2章〕*2
 そして第3章から第5章にかけてはライトノベルのみならず,おたく文化全般にまで渡っての問題提起がなされる。


 入門書ほど書くのは難しい(前提知識を持たない人を読者として想定するわけだから)。本書は見事に目的を達成している。その労を讃えたい。
 『ライトノベル「超」入門』の登場により,「そもそもライトノベルとは……」といった議論は一つの到達点に達したと言えよう。なお,新城カズマはかなり独自の見解を打ち出しているから内容については異論を持つ向きはあると思うが,少なくともこれで共通の手がかり(足場)が得られた。
 価値中立的ではないので,ライトノベルについて一定の見解を持つ中級者からは反発も出てくるかと思う(ありがちなところでは,ボクのお気に入りの作品が取り上げられていない!等々)。文体(語り口調)も好みが分かれそう。でも,そんなところも承知の上で,優れた評論書であると褒めておきたい。
 変化の速度が激しい分野であるから,本書の有効期限がどれほどの長さになるのかは不明である。しかし後世に至ろうとも,ライトノベル評論を志すなら踏まえておくべき重要な先行業績として記憶に留められるであろうことは想像に難くない。

▼ おとなりレビュー

 正直読む前は「このタイミングで出るってことはブームに乗っかっただけのトンデモ本に違いない」とか思っていて、さーていったいどうやって批判してやろうかしらんと思いつつページを開いてみたわけですが、いやはやトンデモ本どころかそれなりにライトノベルを読み込んできた自分にも数多く得るところのあった良書でした。
http://d.hatena.ne.jp/USA3/20060414#p1

 本来の「ライトノベルを理解する」という意味では、ほとんど役には立たないと思うのだけど、「新城カズマのぐだぐだな話を楽しむ」という意味では、非常に面白かったです。
http://www2e.biglobe.ne.jp/~ichise/TODAY/2006_04.HTM#16

 「あえて」やっている(と僕は読んだ)メインカルチャーとの接続に、悪い形でひっかかるひとがいないか(「ライトノベル・イズ・ビューティフル」的な勘違いを生まないか)がちょっとだけ不安ですが、その点を差し引いたとしても圧倒的な良書です。
http://d.hatena.ne.jp/mae-9/20060417#p1

 ライトノベルを、文芸批評のメソッドによらず、表紙イラストや挿絵までちゃんと含んだ形で、まとまって論じた本はこれが初めてではないか。
http://d.hatena.ne.jp/cherry-3d/20060417/p1

 ネットで見た評判ではわりと茶化したようなものが多かったので、「まあなんか読んでおもしろいんだろうけど入門にかこつけた玄人トークをぐだぐだやってくかんじの本なのかな」とか思っていたが、意外としっかりと要点が押さえられていたように思う。
http://d.hatena.ne.jp/matakimika/20060419#p3

 SF、ミステリーみたいなジャンル分けでいうとライトノベルは「ごちゃ混ぜ」です、という主旨のことを書いていますが、ハルヒなんてそれを1シリーズで具体化してしまった作品だなぁって思います。
http://d.hatena.ne.jp/giolum/20060420#1145490184

 「ライトノベルは青少年に対してたくさん売るための手法なのです」というのが新城カズマ氏の結論なのですが、私の意見はちょと違います。
http://d.hatena.ne.jp/chakichaki/20060421

 これ、ライトノベルを全く知らない中高年が読んで本当に理解できるとは思えないんですが。
http://d.hatena.ne.jp/JV44/20060422#p1

*1:1980年代後期少女まんがと葉鍵系の関係については,拙稿 id:genesis:20060217:p1 を参照のこと。

*2:本文中では明記されていないが,あとがきにおいて『動物化するポストモダン』『〈美少女〉の現代史』『テヅカ・イズ・デッド』が参照すべき文献として掲げられている。