別冊太陽 『松本清張――昭和と生きた,最後の文豪』

 次の研究会では松本清張を題材にします,という連絡が来ました。それで,困ってしまったわけです。どんな作家なのか,まったくもって知らないので。
 思い起こせば,最初に読んだ現代ミステリーは綾辻行人でした。たぶん1988年の出来事。高校生だった頃は素直でして,『十角館』冒頭の“新本格”宣言を真に受けてしまったん。そんな経緯があって,動機に重きを置く“社会派”は忌むべきものというのがあったのです。あと,今も昔も変わらずマイナー・メジャー志向があって,大衆作家の物す小説には興味が持てなかったというのがあります。
 で,松本清張の著作活動を全体として把握しておく必要に迫られたのですが,ぴったりの資料があったので買い求めてきました。別冊太陽〈日本のこころ〉シリーズ『松本清張――昭和と生きた,最後の文豪』(ISBN:4582921418)。
 作品群を「時代小説」*1推理小説*2「評伝・モデル小説」*3「現代史」*4「古代史」*5の5つに分け,計30の作品について解説を加えています。各々に2〜4頁を割り振り,大きな図版を盛り込んだムック。旅にまつわる作品が多いことから,舞台となった場所の写真を大きく載せてイメージを掻き立て,さらに地図を添えるという工夫がなされている。解説を書いているのは学者や文芸評論家で,かなり信用できる造りになっています。
 あえて難点を挙げると,作品のあらすじが粗すぎることでしょうか。既読者に対しては「そんな話だったよな」と記憶を喚起するのに足りるでしょうが,これから読もうとする者に興味を湧かせるような書き方はしていない。要約のスタイルも不均一。ミステリーでなければネタばれに気を遣う必要は無いところなので,著作目録を充実させておいてくれたならば総覧的な使い方が出来て便利だったのに,と惜しまれるところ。
 ちょっと無理とも思える注文をつけましたが,ブックガイドとしては十分すぎるほど良く出来ているのではないでしょうか。
 この一冊を読んで,おぼろげながら松本清張が像を結んでくれたわけなのですが…… どうも相性が悪いような気がする*6

*1:西郷札』,『ひとりの武将』,『甲府在番』,『無宿人別帳』,『かげろう絵図』,『西海道談綺』

*2:『張込み』,『眼の壁』,『点と線』,『ゼロの焦点』,『黒い画集』,『天城越え』,『砂の器』,『球形の荒野』,『Dの複合』,『神々の乱心』

*3:『或る「小倉日記」伝』,『断碑』,『岸田劉生晩景』,『文豪』,『形影』,『暗い血の旋舞』,『モーツァルトの伯楽』

*4:『日本の黒い霧』,『昭和史発掘』

*5:『陸行水行』,『古代史疑』,『清張通史』,『火の路』,『ペルセポリスから飛鳥へ』

*6:私,職業的に法律家をやっていますが,政治の話をするのが嫌いなん。いわゆる老荘思想。なりたいものは「竹林の七賢人」だったりする。