塩野七生 『ローマの街角から』

 塩野七生(しおの・ななみ)『ローマの街角から』(ISBN:4103096268)読了。1994年から1999年にかけて雑誌『フォーサイト』に掲載されたコラムの集成。掲載誌の性格からか,政策提言的な発言が多い。そして後書きでは,「どれ一つとして聴き容れられていない」と愕然としている。
 それは当然だろう。塩野は現状を打破するための強者の論理は説いているが,敗者や弱者の存在など気にかけていない。それが最も色濃く表れているのが,司馬遼太郎の死に接して書かれた文章。

 「日本人はもはや,坂の上に登ってきてしまっている。(中略)
 それで残るのは,霧であたり一面が埋まっている頂上から,どう抜け出すかである。私は,もう一つの頂上につづいている尾根道を,見つけるしかないと思う。ただし狭いのが普通の尾根道だから,全員が一丸となって突進するわけにはいかない。遅れる人が出てもしかたないし,尾根道を踏み外して落下する人がいてもしかたない。」
102-103頁

――あんまりだ,というのが率直な感想。訒小平の「先富論」が抱えているのと同じ残酷さを孕んでいる。〈平等〉であることは難しいにしても,〈平等〉を志向する価値観までもが否定されるのは耐え難い。人間は〈社会的生き物〉であり,自尊心を失っては生きていけない。
 強い貴女が先に進んでいく姿は美しい。しかし,それが個人の生き様を超え,国家を導く指導原理になることを希求されるようでは怖い。