奈須きのこ 『空の境界』

 公務員試験予備校から夏期講座での出講依頼があり,昨夕から一泊で札幌から釧路へ出張。距離にして348.5km(熱海〜米原東海道本線に乗るのと同じくらい)。特急列車に片道4時間も乗っていなければならないのは,でっかい苦痛です(これでも北海道内を少し動いただけ)。しかも保線が悪いのか小刻みに不快な揺れが来るし,大雨のために遅延まで起こる。
 ともかく,まとまった時間があったので,読めずに放ってあった奈須きのこ『空(から)の境界 the Garden of sinners』を持って行き,往路[札幌1734‐2113釧路]で上巻(ISBN:4061823612)を,帰路[釧路1842‐2249札幌]に下巻(ISBN:4061823620)を読む。
空の境界 上 (講談社ノベルス) 空の境界 下 (講談社ノベルス)
 端的に言って,つまらなかった。
 文体にクセがあるうえに随所で概念提示をしているせいで,視線がなかなか流れていかない。作中の視点人物が激しく転換するので,乗り物酔いしたような目眩を起こす。これらについては,しばらくすると慣れましたけれど。何より決定的なことに,ストーリーが面白くない。
 個々の場面は,そこそこ楽しめます。蒼崎橙子による魔術論の長台詞とか,黒桐鮮花のキャラクター造形などは魅力がある。しかし,総体としての物語は悲惨な出来としか思えない。
 この作品においては〈魔術〉の使い方が下手です。登場人物達がどんな危機に陥っても,最後は〈魔術〉で片付けてしまうんだろうなぁ(だから何が起こってもどうでもいいや)――という虚脱感を読者に与えてしまう。映画版『風の谷のナウシカ』だって,中盤の段階で観客が「どうせ死んでも王蟲がいるもの」と思ってしまうような展開だったら,しらけますよ。
 文体の話に戻ると,ただ単に長いだけ,なんですよね。「言葉を重ねる」のではなく「文字数が多い」という質の。京極夏彦であれば,苦行の先にカタルシスが待っていると期待できるから耐えられます。『空の境界』の場合,さしたる目的もなく文量を増やした(というか,長文であることこそが目的)という嫌いがある。
 いちばん分からないのは,巻末解説で過度に持ちあげている笠井潔でしたが。