谷原秋桜子 『天使が開けた密室』

 昨秋,浅木原(id:asagihara)さんと会った時に「富士ミスでは最もお薦めですよ〜」と紹介されたのが『激アルバイター美波の事件簿 天使が開けた密室』(ISBN:4829161108)。もっとも,あれは推薦というよりも,入手困難なアイテムを持っていることの自慢だったような気がしなくもない……
 ともあれ,興味を引かれたのは事実。その場では(名前が読めなかったので)ひとまず「コスモス子さん」と記憶し,購入予定にしておいた。
 で,その話題になっていた作品が創元推理文庫から出直し刊行されたので,谷原秋桜子(たにはら・しょうこ)『天使が開けた密室 MINAMI and the room unlocked by an angel』(ISBN:448846601X)を買い求めて読んでみる。
以下,ネタバレにならないよう留意していますが,勘の鋭い方はご注意ください。
 主人公は女子高生・美波(みなみ)。スペインに行ったきり消息を絶ってしまった父を探しに行くため,アルバイトに精を出す。経緯は〈中略〉しますけれど,夜に病院へ行く仕事を請け負った美波は,密室殺人に出くわしてしまう。タイムチャートで容疑者を絞り込んでいくと,あろうことか,事件を起こせたのは彼女だけだった―― というミステリー。
 本作がデビュー作ということなのですが,そのせいか全体にぎこちなさがあります。まず,ギャルゲー用語で言うところの「日常パート」が長め。登場人物を構成するにあたり,キャラクターの行動から推し量らせるのではなく,説明でキャラ造形しているところがあって気にかかる。富士見書房のレーベルであれば「そんなもの」で済んでいたのでしょうが,東京創元社の造本だと,ね。
 「本格ミステリ」として読むには,論理を詰めるために必要な記述が不足していると感じました。ん〜とですね,作中には密室状況であったことに関与するけれども固有名の出てこない人が3人いるのですが,彼らについての叙述に信憑性が薄いのです。ミステリーの掟からすればそれらの人が犯人であってはいけないのですけれど,殺人&密室をめぐる描写が手薄になっているために犯行可能性を排除できない。あと,どうして気づかれることなく犯行を成し遂げられたのかという説明も無いんです(犠牲者が出したかもしれない音は?)。
 他には,推理を披露する前の〈矯め〉が弱い,というか,怪しさを疑わせる直接的描写を地の文に混ぜすぎかも。
――と,難点はありますけれど,主題(テーマ)をしっかり書こうという意気込みは十分に伝わってくる作品です。先に挙げた難癖も,作者に初心(ウブ)なところがあって微笑ましい,と感じられるようなものですし。動機(Whydunit)を社会派ちっくに切り込んでいこうというのもなかなか。
 並録作「たった、二十九分の誘拐」は《青春ミステリ》との称号を得るにふさわしい出来。短編の方が全体構成のバランスは良いと思えるのですが,表題作の方に「シリーズにするための伏線」というデコレーションが多すぎるせい。装飾を削いで全体構成を整えたら――例えば,「天使が〜」をドラマの原作にして映像化などしてみたら面白い作品になりそうです。