巽昌章 『論理の蜘蛛の巣の中で』

 文学研究科で催された読書会に参加。今回のお題は,巽昌章(たつみ・まさあき)『論理の蜘蛛の巣の中で』(ISBN:4062135213)。著者の巽は1957年生まれで京大ミス研の出身。本書が初の単著となる。1998年から2006年まで『メフィスト』に連載された23本の時評を収めている。各回ごとに,その時々の新作ミステリーを数本取り上げ,それらをめぐって論を進めていくというスタイル。
 以下は,口火を切るために用意していった問題提起のための文章。

 読み進めているうちに,二律背反した感想が浮かんでくる。
 まず第一は,蜘蛛の糸で編まれたように緻密な批評である,というもの。
 そして第二は,蜘蛛の巣のように脆弱で吸引力の弱い評論である,というもの。
 まるで司法試験の答案を読んでいるような感じがする。司法試験受験生の書く答案は精緻に組まれているけれども,得てして議論としてはつまらないです。これはどういうことかと言うと,《内部》でのみ通じる言葉と論理を用いて《内側》に向けて書かれたものである,ということである。彼らを包んでいる枠組構造(フレームワーク)を崩すようなことはしないから小さくまとまってしまう傾向にあり,フレームの置かれている環境を所与の前提としてしまうことがある。
 本書はまさしくそれ。
 ミステリーの《内側》にいる立場から本書を読むと緻密で素晴らしい出来なのですが,これを《外部》から眺めると恐ろしく退屈でつまらない。各回ごとに数本の新作を取り上げて,その連関性を説いていくというスタイルになっているのですが,挙げられている作品を読みこなしているような人には,その選択に妙味を感じ,考察に舌を巻くと思う。ところが……本書を読んだだけでは,そこに紹介されている作品が面白いようには思えないん。
 ブックガイドとして手元に置いておくなら有用だろう(索引が欲しかったと講談社に対しては強く訴えたい)。しかし文芸評論としては,まったくもって躍動感を欠く。
 本書を好著と思うか駄作と感じるかによって,現在のミステリ批評との距離を測れる指標として機能しそうな一冊。

 なお,これを書き上げた後で,内情を知る人から「巽は弁護士をやってるよ」と教えてもらった。
 ……。

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