乙一 『きみにしか聞こえない』

 乙一(おついち)の山を消化しようと思い,手持ちの文庫本のうち最も刊行時期の古い『きみにしか聞こえない』(ISBN:4044253021)に収められている3つの短編を,毎晩1つずつ読んだ。
 まず表題作「Calling You」。脳内に携帯電話を手に入れた少女が,青年と通話する話。ところがこのケータイ,どうやら別な時間にいる人と結んでいるらしい。やがて二人は,互いの実在を確かめることに―― あれ,そうすると時間が××しているのに××するという問題が生じるけれど……と思ったら,それが結末でした。初期の乙一を評するに際して“せつなさ”という表現が用いられているのを目にすることがあったが,なるほど。
 2本目「傷 ―KIZ/KIDS―」。オレは,他人の身体のキズを移動させることのできるアサトに出会った――。設定が突飛なところは似たり寄ったりなはずなのに,どうもこの短編の世界観には上手く入り込めなかった。導入部では二人のであった場所として“特殊学級”という空間が用意されていたのだけれど,これが有意義に感じられなかったせいだろうか。あるいは,アサトという人間の行動原理に共感できなかったせいだろうか。
 3本目「華歌」。これまで,小説のところどころにイラストが差し挟まれていても,それは《挿絵》であって付加価値に過ぎないと思っていた。しかし,この短編は絵のために文章がある。わずか4枚であるけれどもイラストが起承転結の如く配されており,羽住都(はすみ・みやこ)の描いた絵の引き立たせるために文章が編まれている。これ以上は望むべくない相乗効果だ。