桜庭一樹 『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』

 文学研究科で開催された読書会へ参加。今回のお題は,一般書化を記念して桜庭一樹(さくらば・かずき)『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない――A Lollypop or A Bullet』(ISBN:4829162767ISBN:4829176342)がお題。
 本作を取り上げようとなったとき,「桜庭の砂糖菓子」で話は通じたのだけれど,出版社がどこであったが即座に思い出せない人が多数。「電撃文庫富士見ファンタジア文庫だったような気がする」で皆が肯いてしまった不幸な生い立ちの作品。正しくは,富士見ミステリー文庫が初出なのですが,推理小説としての性格はすこぶる弱い。後続作『少女には向かない職業』とは《地方都市シリーズ》と位置づけられるほどに共通性が高いのだけれども,両作とも《犯罪小説》ではあるが謎解きを目的とはしていないので《探偵小説》としては読めない。
 『ユリイカ』2006年2月号(ISBN:4791701437)で佐藤俊樹が本作を取り上げているそうなのですが,それにしても,あとがきにおける

 「壊れるにもセンスって大事だよなぁ」

から敷衍したもののようで,作品論ないし作家論には辿り着いていない。

 余談になりますが―― 今回の読書会にあたり,本作をミステリーとして評価するならば,ということを言おうとして,読み込んでいったのです。しかし,幾つかどう解釈しても超自然的な要素があって困る。第一に,兄に関わるピンクのもやもや。まぁ,これは舞台が境港市鳥取県)で“妖怪のふるさと”だから“憑き物落とし”のことなんだろうね,ということで納得しましたが。あ,実は友彦は“脳内お兄ちゃん”だったんだよ!という魅力的な(叙述トリック的)読みの提示もありましたけれど……。第二に,10年ごとの大嵐。こればっかりはテクストの読み取りで解決できないから思考放棄。そして第三に新聞記事。冒頭〔文庫版5頁〕では藻屑が行方不明になったのは「前日朝」なのに,藻屑は四時間目までは学校にいたよね〔文庫版157頁〕――と指摘したら,皆に変な顔をされる。照らし合わせてみたところ,

 藻屑さんは前日の朝から行方がわからなくなっていた。【文庫版初版:私の読んだもの】

 藻屑さんは前日の夕方から行方がわからなくなっていた。【文庫版3版:他の参加者】

……どおりで,ミステリーとして読めないはずです(笑)
 とにもかくにも,桜庭一樹には職業作家という尊称が似合うようね――ということで衆目一致。
 その他,意見交換をしていて出てきた話題。

  • 閉じた人間関係なのに,地方都市シリーズが《セカイ系》に入り込まないのはどうして?
    • 主人公が「女性×女性」であると,敵対する位置に配置されるのは国家のようなものではなく「男性社会」であると考えられるから。その点,強権的な位置に立つ男性を女性に置き換えることで成立しているヒロイック・ウーマンの作品群(e.g.『NANA』)とも性格を異にする。なお,このような関係性は1980年代から既にフェミニズム的文脈を持つ映画などで表現されているので,桜庭一樹のオリジナリティとして主張するには留保が必要だろう。
  • 最終兵器彼女』あるいは『涼宮ハルヒの憂鬱』のような比較対象作品とは“君と僕”という二者関係を抽出すれば共通性があるような気がするけれど,実際のところ似てないね?
  • 文庫版の137頁。「いったい誰が×××を殺したのか?」は伏線になっていないような気がします。
    • いえいえ。実は,これは分岐ではないのです。後者は生物学的な死を迎えていますが,前者も存在論的には死んでいるのです(それ故に,引きこもりを中断することで過去の自分を殺し,自衛隊に行ったのです)。
    • もしかすると,問いで示された選択肢のいずれもが誤りであって,「犯人は私」かもしれないよね。
  • 文庫版のイラストだと,「なぎさ」と「藻屑」の区別が付かないのですけれど?
    • 萌え絵の鍛錬が足りない。「なぎさ」はアホ毛を装着しているではないか。かくも分かりやすい萌え要素を見落とすなど(以下略