大学院はてな :: 基礎疾患の存在と労働災害の認定

 まもなく発売になる日本労働法学会誌109号(ISBN:9784589030283)に,拙稿「基礎疾患の存在と業務(公務)上外認定」が掲載されます。

 この論文では,地公災基金鹿児島県支部長(内之浦町教委)事件(最二小判・平成18年3月3日・判例時報1928号149頁)を素材としています。
 最高裁の判断は破棄差し戻しであり,事実認定が絡んでくるので結論は控えましたが,否定的な見解を述べました。これまでの裁判例の積み重ねで,脳・心臓疾患についても労働災害であると認定されるようになってきました。私の見解は,こうした傾向に逆らうものであり,被害者救済を重視する立場からは批難を浴びせられるやもしれません。
 しかしながら労働災害保険というシステムは,就労することに伴って生じるリスクを使用者の負担によってカバーしようというのが本旨であると考えます。脳・心臓疾患の発症は,普段の生活習慣が寄与する割合が高いものであることから,本来的には労災保険が負うべきものではありません。しかしながら,「過労」が引き金となって労働者が死亡・疾病を引き起こしたのであれば,使用者がリスクを引き受けて然るべきだ――というのが労災とされる範囲を拡張してきた流れを支えるロジックだと理解します。
 本件では「過労」という状況がなかったうえ,被災労働者は数年前に心筋こうそくを発症していたことが明らかになっています。かかる基礎疾患を有していた者が,バレーボールの試合に出場して急性心筋こうそくを発症して死亡に至ったという場合,労働災害と認定すべきものなのでしょうか。
 評者は,これを否定的に解しています。
 家計を支えていた働き手を失うことによって生じるリスクというものもあることは理解します。しかし,これは労働者に特有のものではなく,農家や自営業者なども抱えるリスクです。企業における被用者を対象とする労災保険に留まらず,医療保険にまで及ぶ社会保険システム,さらには生活保護制度も含めた社会保障政策の全体で議論されるべきものでありましょう。
 未熟なところも多い論文ですが,ご笑覧いただければ幸いです。