高橋裕子 『イギリス美術』
スーツケースを空にしようとしていたところ,パリから台北へ向かう機内で読んだ本が出てきた。バングラデシュの上空あたりでは高橋裕子(たかはし・ひろこ)『イギリス美術』(岩波新書,ISBN:4004305551)を開いていたのですが,とても興味深いものでした。
本書が刊行されたのは1998年と若干古いのですが,ちょうどテート・ギャラリー(ロンドン)の再構築が行われるなどしていた時期のものでありまして,英国美術を眺める視線に熱気がこめられている。
序文では夏目漱石『坊ちゃん』を引くことにより,20世紀の初頭にあってはイギリス美術が重んじられていたことを示したうえで,それが何故に地位を落としていったのかを説き起こしていく(第I章)。そして歴史を遡り,肖像画,風俗画,歴史・物語画,風景画にそれぞれ章をあて,大陸とは異なる流れでイギリス美術の系譜が形成されていったことを明かしている。
また,本書の特徴は第VIII章「生活のための芸術」が用意されていること。庭園造成やインテリア・デザイン,田園都市運動などに触れることで,英国美術の関心が独特の分野に向かい開花していたことを述べている。
旅行の復路では「次の訪問はサンチアゴ巡礼にしようか。東欧のプラハも行ってみたい。いっそイスタンブルでビザンチンの残滓を追ってみようか……」などと考えるものですが,英国も候補にしようかと思うくらいに面白い書でした。