河原温 『ブリュージュ』

 留学していた時分に近隣諸国を旅してまわったので,これまでにEC加盟15か国のうち10か国を訪れたことがあります。その後EUは27か国に増えてしまったので,全踏破は難しそうですが……
 これまでに足を運んだ町の中で最も気に入ったところは,ベルギーのブルージュ(英語),ブリュージュ(フランス語),ブルッヘ(ドイツ語)}ですね。内陸にありながら運河を通じて北海と通じる港湾都市で,地中海方面とバルト海方面とを結びつけることに成功し,交易で富を蓄えました。ところが,〔1〕水路の入口に泥が溜まって大型船の出入りが困難になったこと,〔2〕後ろ盾となっていたブルゴーニュ家が没落したこと,〔3〕15世紀末にフランドル地方を承継したハプスブルク家は,アントウェルペンアントワープ)を商業の中心と位置づけたこと――などがあって,町そのものが停滞。中世の面影を残したまま,今日に至っています。
 この町の素晴らしいところは,人の尺度で町が出来上がっているところでしょう。町は半径1kmほどの円形で,外周はぐるっと運河になっている。この歩いて回れる大きさの円の中に古い街並みが詰まっているのです。広場でビールを飲みながら夕暮れ時を過ごしたり,ふらっと立ち寄った教会でオルガンの練習を聴いたり。楽しかったなぁ。

 そんな愛すべき都市を紹介するのが,河原温(かわはら・あつし)『ブリュージュ――フランドルの輝ける宝石』(2006年5月,ISBN:4121018486)。東京へ向かう飛行機の中で読みました。
 でも,この本は勉強になりましたけれど,都市の持つ魅力を伝えていないように感じます。著者は歴史専攻の人であることが災いしているのか昔話に終始していることが本書の弱みではないでしょうか。町を構成している建築の見どころだとか美術館に行けば目にすることの出来る絵画といった(現在における)ガイドブック的な情報すらも(過去における)来歴を中心とした記述によって置き換えられてしまっているところが,わくわく感を削いでいるように思えます。取り上げられている人物にしても為政者のストーリーばかりで,人々の暮らしについてのエピソードを欠くために面白くありません。