西川真音 『零と羊飼い』

 西川真音(にしかわ・まおと)+しろ『零(ゼロ)と羊飼い』(ISBN:475804001X)を読む。工画堂スタジオが2005年8月に発表したゲーム『羊の方舟(はこぶね)』を改題・改作した小説。

 地球に向かって巨大な隕石が迫っていた。衝突すれば人類は滅亡する。そこで異能者が呼び寄せられた。《受けた力を跳ね返す》能力を有する異能者をシャトルに乗せて打ち上げ,隕石を斥けようという計画のために。シャトルに乗った者ば必ず死ぬという計画のために。集まったのは3人の異能者である男性。
 1人の男には,視覚を持たない少女が寄り添う。
 1人の男には,世話のために雇われたメイドさんがあてがわれる。
 1人の男は,シャトルに乗せるために造られた《心を持たない》少女サイファの手をとる。
 3組の番(つがい)に与えられた期間は3日。誰がシャトルに乗るのかを,彼ら自身が話し合いで決めるための時間として――
以下,ネタバレを含んでいるかもしれません。いないかもしれません。
 設定はすごく面白いです。主題選択も。
 中盤において3人の異能者は「誰が生きるべきか死ぬべきか」を論じます。順番に,ゲームとして。

 彼は自分が死ぬべき理由をいくつも語ることができた。それとは逆に,生きるべき理由はほとんど見つからなかった。

ここに現れる静かな境地が本書の見どころであろう。結果,シャトルに乗ることを1人の男は自ら申し出る。

工画堂スタジオ シンフォニック=レイン 普及版

 と,ここまでは良い。それが第3章に入ると物語はメタ化します。小説家も絵師も『シンフォニック=レイン』の作り手ですからね。それも楽しみのうち。
 でも,反転構造を持つ作品は表から裏へ移るタイミングを間違えると悲惨です。かの『symphonic rain』にしたって,ファルシータ,トルティニタ,リセルシア,音の妖精フォーニという個別シナリオが並列していて,それらの開陳の後にストーリーの統合作業が行われる。それが同時に展開してしまったら,ど〜でもよくなります。読み手にしたって,移入した感情も真相への興味も前の位相から持ち出せずに置いてきてしまうわけですから。

 本作はメタ構造に落とすタイミングを誤ってしまったがために,そこから後のすべての叙述が信用できなくなります。それにしてもメタのメタで収拾できれば良かったのでしょうが,オチが……。

 「死」の計画を前に、生に執着したり、誰かのために命を賭けることを決意したりする極限状態の感情と生存競争を描く……と思っていたら素直な方向には進まずフラフラしたあげく、最後で一転。というか物語がバグる。
http://d.hatena.ne.jp/snowillusion/20080925/p1

 ものすごく残念な仕上がり,と申し上げざるをえない作品でした。