陣内秀信 『イタリア海洋都市の精神』

 講談社が創業100周年を記念して刊行する《興亡の世界史》。発表されたラインナップを見て,これだけは間違いなく買おう!と思ったのが第8巻(ISBN:4062807084)。陣内秀信先生が『イタリア海洋都市の精神』という題名で書かれるのなら,間違いなく面白いものになるはず。
 出版が予定通りに進まないのは世の常ですが,ようやく去る7月に刊行されました。発売直後に入手して,ず〜っと枕元に置いてあったのですが,今日読み終えました。
 私の理解が間違っていなければ,日本が海洋立国であったことを思い出したのは司馬遼太郎が『菜の花の沖』(1979-82年)を著してから,ではないでしょうか。昨年になって政府も海洋基本法を制定したということもありまして,昨今では海洋からの視点というのも珍しくなくなっています。
 それがイタリアともなれば海との結びつきは半ば当然という感もあるようなところでして,単に《海洋都市》と銘打っただけでは新味がありません。ではどういう組み立てをするのだろう? というのが,手に取った時の疑問。序章にしても,出だしはあまり切れが良いとは思えません。研究書なのかエッセイなのか,方向性が掴めない。
 本書の本当の開始は29頁から。《生活空間の歴史を探る》という目的が提示されることで,話の筋がくっきりしてきます。すなわち,都市における空間の成立史を,ヴェネツィアには2章ぶんを,アマルフィ,ピサ,ジェノヴァには各1章をあてて解き明かしていきます。加えて南イタリアのガッリーポリとモノーポリ,さらにはギリシアクレタ島にまで話が広がっている。
 港から見た広場の位置づけといったマクロの視線から,街路の奥にある建物の構造というミクロな分析まで,歴史を交えて縦横無尽に語られる。
 社会的に〈脱・自動車〉というトレンドが出てきましたので,鉄道によって都市の力学が変化する以前の様相を相対的に捉える機運があるかと思います。そういった点では,まさしく時宜を得た刊行でしょう。
 楽しく読んだのですが,惜しむらくは図面が充実しているとは言い難いことでしょうか。都市が立体的に組み立てられていることは承知したのですが,文章では掴みづらいところがあります。