坂の上の雲 (6)

新装版 坂の上の雲 (6) (文春文庫)
 司馬遼太郎坂の上の雲』第6巻。
 この巻で注目したいのは、諜報活動に従事した陸軍大佐・明石元二郎その人である。公使館付きの武官としてロシアに入り、開戦により公使館がペテルブルクを引き上げるとともに、ストックホルムスウェーデン)へ移る。そこで一行は多数の人々から歓迎を受ける。というのも、当時フィンランドはロシアに侵略されており、スウェーデンはロシアと隣り合う恐怖にさらされていたのである。そしてスウェーデンには、フィンランドからの亡命者が数多く存在していた。ロシアからの圧迫を受けていたのはスカンジナビアだけではない。ポーランドに至っては属領となり、もはや国ではなくなっていた。明石は彼ら革命志士たちと通じ、資金を供給することで、ロシアを足下から揺るがそうとしたのである。『大諜報』と題したこの章は、掛け値なしに面白い。
 一箇所、引いておこう。

戦後も、日本の新聞は
――ロシアはなぜ負けたか。
という冷静な分析を一行たりとものせなかった。
(中略)
 もしそういう冷静な分析がおこなわれて国民にそれを知らしめるとすれば、日露戦争後に日本におこった神秘主義的国家観からきた日本軍隊の絶対的優越性といった迷信が発生せずに済んだか、たとえ発生してもそういう神秘主義に対して国民は多少なりとも免疫性をもちえたかもしれない。(220頁)

 これは今日に於いてもマスメディア批判として成り立ちうることのように思う。とかく日本の報道は、中立的な立場に立って事実をありのままに伝えようとする態度が弱い。特に、社説に対して批判的な識者からも意見を拾うということが出来ない。欧米の新聞だと、写真入りの囲み記事で大学教授などが数段に渡って持論を展開しているのを目にする。これが日本だと、記者が書いた文章の最後に一言、おまけのごとくコメントを付け加えて締めくくるのがいいところである。日本では、大衆を扇動するのが言論の役割だという信念でもあるのだろうか。