冷たい密室と博士たち

 森博嗣冷たい密室と博士たち ‐Doctors In Isolated Room‐』読了。
 シリーズ2作目です。舞台は、隔絶された場所に造られた大学施設。う〜ん、1講座(教授+助教授+助手)に技官1+事務官2+司書1+守衛2がついて単独の建物を占有しているなんて、いったい科研費を幾らせしめているのだろう――という、大学関係者の妬み嫉みはこのくらいにしておいて(笑) ここで二人の大学院生が実験中に殺されるという事件が起こります。背中から刃物を突き立てられているので、他殺なのは間違いない。ところが遺体が発見された場所は密室で、しかも出入りの様子はすべて録画されていた、という筋立ての推理小説です。
 実験室内の気温は氷点下20℃に冷却されているため、宇宙服のような防寒スーツを着込んでいるというのがポイント。いつ殺害現場への出入りがあったのかはわかっても、中に入っていたのは誰なのかというのが考察箇所になります。でもね、出題の意図を理解することと、適切な解答を用意することとの間には、深くて広い溝があるのです。
 もう、まったくお手上げでした(泣)



 本筋から離れて。作者の気質を感じところがあったので、何箇所か列挙してみましょうか。

  • 部屋を出たとき、彼はクーラを止めなかった。(文庫版12頁)
  • すべての防火シャッタが次々に下りたようだった。(文庫版23頁)
  • 極地環境研究センタ(文庫版43頁)
  • 彼女のジェスチャの意図をすぐに理解したようだ。(文庫版45頁)
  • ミルクのパックとシュガーのスティック(文庫版54頁)
  • 誰も泣かないレポータには不満のようだった。(文庫版171頁)
  • スニーカを履いてきた。(文庫版242頁)
  • イレギュラなことが三つほど起きました。(文庫版353頁)

 おわかりになりますか? 外来語の表記に長引き(ー)を使っているところが少ないのです。といっても嫌いだから付けていないわけではなく、ある法則に従っているのが見て取れます。
 これは、「コンピューター」と「コンピュータ」の使い分けを知っていると気づきます。前者が文系、後者が理系での書き方なのです。語尾が“-er”となる英単語をカタカナ表記するとき、文系では最後に「ー」を付けるのが一般的です。ですから、私(=法律専攻)が書く文章では専ら「コンピューター」で、「コンピュータ」にすることはまずありません。学問を文系と理系で二分することに意味があるとは思えないのですが、翻訳の時には所属する学問分野による違いが如実に現れてきます。
http://www.teu.ac.jp/kougi/tukamoto/ipsj/9906/ie9906.html〔文系と理系の用語〕
 この法則から外れて長音記号が加えられているのは、気付いた限りで「シュガー」だけ。森氏は、“irregular”については“-er”と同じく処理したものの、“sugar”の場合に限って一般的に定着している「シュガー」とすることに譲歩したものと推測できます。

冷たい密室と博士たち (講談社ノベルス) 冷たい密室と博士たち (講談社文庫)