幸福論

 柴門ふみ「幸福論」(PHP文庫、ISBN:4569570704)読了。
 筆者は「東京ラブストーリー」等で知られる漫画家。夫の弘兼憲史氏も同業者で、こちらは「課長島耕作」の作者。バブルにうかれていた頃の世相をつぶさに観測した夫婦、とでも讃えられるでしょうか。
 「幸福論」と仰々しい題名が付けられていますが、副題が本書のすべてと言ってもいい。

人生は甘くはないが、そうひどくもない

この一言を投げかけられるところに、柴門ふみという作家の能力を見て取ることができます。
 先日、遊びにいった先で酒井順子負け犬の遠吠え」を読ませてもらいました。本書と対極にあるような本でしたね。要約すると、30歳を過ぎて結婚できない女は負け犬なんだ、と明るく開き直る。で、それを読んだ人が、あたしも負け犬なの〜と連なっていく。うわ、ついに一般社会も追随してきましたか……
 えっとですね、この《立ち向かわない》という姿は、オタク界隈で先行して発生している現象なのですよ。碇シンジという人物像が出現し、時を同じくして斎藤環が《ひきこもり》というラベルを与えました。それと同じこと。6ないし9年先んじているオタクの方は既に反転を起こし、「活発・快活・朗らか」であることが尊ばれるようになりつつあるから。そういう視点でみると、「負け犬の遠吠え」は巧妙なタイミングで《負け犬》というラベルをつけたところに意義がある。この本の的確な書評としては、id:strictk:20040811 を推挙しておきます。
 話がそれました。本書「幸福論」ですが、読んでいるとスッと心の中に入ってくる。そして、前を向いてみようという気にさせてくれる。そんな魅力に満ちあふれています。

負け犬の遠吠え 社会的ひきこもり―終わらない思春期 (PHP新書) 幸福論―人生は甘くはないが、そうひどくもない (PHP文庫)
 もっとも、おカタイ人生についての話題は最初の方だけ。後半は、映画や音楽や流行やらを、彼女の鋭い分析眼で解きほぐしています。

  • 男性に『源氏物語』が好きという人はほとんどいない。それは、男が読みたくない恋愛の姿が描かれているからだ。(82頁)
  • 日本文学の伝統(中原中也太宰治)は、自分がいかに繊細かをアピールすることをテーマとしてきた。(109頁、映画『セックスと嘘とビデオテープ』を観て)
  • 人は他者との相対関係によって自己像を形成する。だだっ広いところに住むアメリカ人は、他人との接触が少ないが故に自分自身の判断基準がゆらいでしまい、強く主張して自我を支えないとアイデンティティを喪失しそうになるのではないか。(116頁、映画『パリ、テキサス』を観て)
  • 人称。フォークソングは対等で「きみとぼく」。「君と僕」なら村上春樹。オイラとテメエは「ドラゴンボールZ」。「俺と貴様」じゃ同期の桜。「♪俺にはおまえが〜」は演歌の真髄。(238頁、チューリップ「心の旅」)

思わず、ふむふむと肯いてしまう。この観察力こそが、柴門ふみという作家の源泉なのだろうな。