大学院はてな :: 出向労働者の精神疾患と安全配慮義務

 労働法の研究会にて、A鉄道(B工業C工場)事件*1の検討(会社名は匿名)。
 原告Xは、被告A鉄道の車両技術主任であった昭和35年生まれの男性(昭和62年入社)。
 平成8年11月1日、Xは被告Y社へ在籍出向した。妻子を残しての単身赴任で、B社の寮に入る。B社においては車両の配管作業に従事。毎日3時間程度の残業をしていた。ところが翌12月14日、仕事中に突然土下座をする異常行動に出たため自宅に帰省。風呂に入っていないと見受けられる不衛生な状態であり、「商店の人から悪口を言われた」と被害妄想を推認できる言動があった。15日、仕事に戻ろうと駅まで出かける。16日、診療所から飛び出して行方不明になるが、川土手にいたところを発見される。17日、精神科を受診し「心因性反応等の精神疾患」と診断される。20日に職場復帰したものの、26日に自殺を図る(未遂)。27日、入院。
 このような事実経過のもとで、出向元および出向先企業に対し、安全配慮義務に基づく損害賠償請求を求めた事案。
 裁判所は請求棄却。12月14日以前は「多少元気がなかった程度で異常行動はなかった」のであり、「こうした精神疾患の発生・進行を予見しこれを防止する義務に違反したということはできない」。
 評者は、妥当な結論であろうと考える。本件では、比較的軽い症状の時点で精神医へと引き合わせられており、自殺完遂という最悪の事態に至らずに済んでいる。一般的な予防活動に努めることの必要性を否定するわけではないが、職業生活を営むうえで肉体的・精神的ストレスが生じることは避けられないものであり、精神性疾患は脳・心臓疾患よりも発症の個人差が大きい。職場におけるメンタルヘルスに関しては、何らかの危険な兆候が見られた時点で適切な対応(=専門医への相談)を取ったかどうか、で法律論を論じるしかないだろう。
 高橋祥友『中高年自殺』を読了後、初めての事例研究であったが、ここで述べられていた自殺防止対策は有効に機能しうることを認識した。
http://d.hatena.ne.jp/genesis/20050402
 ちなみに、この事件で介入の労を取ったのは、出向元であるA社の科長。12月15日にXから電話を受けて駅まで迎えに行き、Xの妻に連絡している。身近にいる同僚や家族の対応によって防げる自殺は、確実に存在する。

*1:広島地裁判決 平成16年3月9日 労働判例875号50頁