仕事のなかの曖昧な不安

 玄田有史(げんだ・ゆうじ)『仕事のなかの曖昧な不安――揺れる若年の現在』読了。
 つい先頃、文庫版(ISBN:4122045053)が出たのをみて思い出しました。単行本(ISBN:4120032175、2001年12月)が刊行された直後に買い求め、第1章まで読んで感銘を受け……そのままになっていたことを(^^; というわけで、今回はしっかり通読。
 労働経済学の名著と呼ぶに相応しい。労働をめぐる《曖昧な不安》を捉えて対象化し、データを用いて問題の所在を明らかにしていく。惚れ惚れするような内容だ。NEET*1の存在は、すでに本書によって発見されており、一応の対応策も示されている。その後に著された『ニート――フリーターでもなく失業者でもなく』(ISBN:4344006380、2004年7月)は、本書で論じていた対象に名前を与え、具体例を付け加えたに過ぎない。
 本書の第5章「所得格差、そして仕事格差」では、親の社会経済的地位が子の地位に再生産されていることの不平等性を論証している。先月発表された内閣府「青少年の就労に関する研究会」の中間報告*2では、ニートが生まれるのは経済的に苦しい家庭であることを実態調査から明らかにしている*3。この研究会の委員長が、他ならぬ玄田氏。本書で問題提起した労働市場の二重構造を、政策立案に近い立場からNEETに特化して検証しているように見える。それだけ本書は先見の明を備えていたということだろう。
 もうひとつ政策立案に絡んで、こんな出来事があった。4月11日に厚生労働省が、フリーターから常用雇用への移行を進めるための国民会議の開催を打ち上げた*4。これに対する反応として「そもそも何で減らさなきゃいけないんだ、フリーターを」というものがあったのだ*5。ここでの意見は曲解が甚だしかったので、私から苦言を呈した。若年者雇用対策室の広報担当者が意図をきちんと説明しなかったこともいけないし、適切に伝えなかった報道機関の態度にも問題があるので、この件に関しては論者を責めるわけにはいかない。だが何より、このエントリーやコメントで展開されている状況が、本書第3章フリーターをめぐる錯誤の冒頭で展開されている(誤解を解こうとしている)ものとまったく同じであることを興味深い。『労働白書』2000年版で示された政府の問題意識は、正社員(常用雇用)にならなければOJT(企業で働くことによって行われる職業能力開発)の機会が奪われることであった。年金財政の破綻などに結びつけるようなことは考えられていない。
 玄田氏の主張はこうだ。「若者は故人の明確な意識にもとづきフリーターを選んでいるというよりも、本人が自覚していない社会や経済のシステムによって知らずしらずのうちに選択させられている」。そして、その根本原因は、中高年の雇用維持を優先するシステムにあると説く(第2章)。
 雇ったところで、すぐに辞めてしまう―― そんな「若者観」にも本書は疑問を呈する。卒業後すぐに正社員になった者の離職率は高くないことをデータで示し、不況期には卒業直後に働きがいのある自分にあった仕事に出会えるチャンスを逃してしまったためなのではないか、と。コホート効果(世代効果)の問題とすれば、「定着しない背景には、働く本人の就業意識の問題だけでなく、学校を卒業した時点での労働市場の需給関係が影響していることを忘れてはならない」と述べる。
 若者が《やりがいの感じられる仕事》に出会える雇用機会を。それが本書で訴えるもの。若年就業のみならず、ひきこもりや成果主義について考えるうえでも必読の書。

▼ おとなり書評

次の世代へ技術なり情報が伝わらない、伝える教育が自分たち自身でできない社会というのは、今はよくても数年後に大きな問題となって現れるのではないか。
http://d.hatena.ne.jp/merubook/20050401/p1