セカイは《曖昧な不安》の中にある

 玄田有史は「コミュニティと個人のあいだで」という箇所において、友人・知人の関係を以下のように論じている。「人に迷惑をかけない」という言葉を、古い世代は見ず知らずの人間に不快感を与えないという意味で用いるのに対し、若い世代では「ひんぱんに電話やメールをやりとりする大事な友だちだけには嫌われたくない」という意味で用いているのではないか、というのだ。これを玄田は「ローカルな存在」になるつつあると表現し、「自分にかかわりのあることにしか興味を示さない」「自分のテリトリーだけに関心が向くこと」と定義している。
 私はここに《セカイ系》の胎動を見た。