ヴェネチア・北東イタリア――洋都市国家の足跡

 田辺雅文(文)=武田和秀(写真)『旅名人ブックス  ヴェネチア・北東イタリア――洋都市国家の足跡』(第2版,ISBN:4861300665*1)を読む。

 「旅名人ブックス」は知的好奇心の旺盛な方々に,ひと味違う切り口で,余暇の過ごし方を提案する新しい旅行ガイドブック」です。取り上げるテーマを絞り,美しい写真と ストーリー生を重視した記事,実用性の高い情報を満載しています。

 この看板に偽り無し。大変に興味深い構成をとっている。

旅名人ブックス43 ヴェネチア・北東イタリア 第2版

 旅は「ヴェネチアを取り巻く島々」から始まる(第1章)。いきなり有名な観光名所に連れて行くことはしない。歴史を遡り,紀元前一世紀にローマの支配下に入った名残をみせるキオッジアを訪れる。それからトルチェッロ島へ渡り,フン族の襲撃を避けるために島へと逃亡したことで海洋都市が誕生した創生期を追う。ヴェネツィア市街へと進むのは,その後だ(第2章)。しっかりとした物語を紡ぎながら,知性に訴えかける旅が本書の魅力。
 しかし,いわゆる「ヴェネチア」はあっさりと通り過ぎてしまう。多くの観光ガイドが紙幅を割く場所など,わざわざ述べるまでもないということのようだ。全365頁のうち,ヴェネツィア市街を扱う第2章は,わずか60頁に過ぎない。少しばかり物足りなさを覚えるところではある。
 本書の眼目は,充実した〈北東イタリア〉編にある。第3章「ヴェローナガルダ」では北西側の内陸(ヴェネト州)に分け入ってワインを味わう。第4章「ヴェネト平野――海洋国家を支えた〈陸のヴェネチア〉」ではパドヴァトレヴィーゾを始めとする周辺の町を訪ねて歩く。その数23箇所。この充実振りは尋常ではない。第5章「もう一つの〈ヴェネチア〉」では北東部のフリウリ=ヴェネチア・ジューリア州へと向かい,トリエステにおける分断の歴史を追う。
 書名に『北東イタリア』とあるのは,決して添え物などではない。紀元812年にカール大帝ビザンティン帝国と結んだ条約によって貿易国家の礎が築かれてから,1797年にナポレオンの侵略を受けて滅ぶまでの一千年間,栄華を誇った海洋都市国家ヴェネツィア共和国」の勢力範囲を網羅している。北東イタリアの奥深さを楽しめる好著。

*1:第1版は,ISBN:4822228827