ヴェニスの商人
マイケル・ラドフォード監督作品『ヴェニスの商人』を観てきた帰り道。
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この先にはネタバレがあります。
「音楽が良かった〜」
「うん。声楽も,器楽曲も」
「さすがMGM」
「?」
「Metro-Goldwyn-Mayer」
「あ,『トムとジェリー』の。最初に「が,がお……」*1「がお〜」って吠えるやつね」
「アル・パチーノ*2の演技も良かった」
「もう最高だよ〜」
「特にセリフ回しがね」
「元が戯曲だけに,耳で聞いていて心地よかった」
「韻を踏んだ言い回しなんかは,日本語にしてしまうと味わいが伝わらないもん」
「くだけた言い回しを避けていたから,擬古文調になっていたし」
「かといって,古英語にしてしまったら分からないもんね〜」
「当時の雰囲気にするなら,いっそのことイタリア語にしてしまったらどうかとも思ったんだけど―― それじゃシェイクスピアじゃなくなっちゃうか」
「日本語字幕は,さすが小田島雄志先生という仕上がり。なっちじゃなくて良かったよ」
「訳者が戸田奈津子だったら,観に来ませんってば(笑)」
「他の変なところといえば,ポーシャ*3の居城かなぁ。ばりばりのCG合成で浮いてた。」
「しかもイタリアの建築様式じゃないし*4」
「そういえば差別問題なんだけれど。アラゴン王が……」
「あ,やっぱり気になるよね。私はスペインを莫迦にするなぁ!って内心で吠えてた*5」
「別にユダヤ人だけを嘲笑の対象としていた作品ではなかったんだね」
「スペイン人も,モロッコ人も」
「シェイクスピアは当時の時代意識に沿って書いていたのだろうけれど」
「そういった政治的な文脈を切り離すためにラドフォード監督が苦心したのが分かるよね」
「その代わり,原作では背景に退いていたシナリオの粗が前景化してしまったけれど。あんな女達のどこに惚れるの? 理解不能だよ(笑)」
「それにしても,アントーニオ(金を借りて肉を担保に取られそうになった男)は非道いなぁ」
「というと?」
「だってさ,恩赦の条件としてシャイロックがキリスト教へ改宗することを要求していたけれど,それだけの意味ではないもの」
「あぁ,そうか。ユダヤ教徒でなくなるということは,高利貸しを営めなくなるということか。財産の全額が没収されそうなところでシャイロックに半分が残るよう取り計らっているから,観客は〈アントーニオ=いいひと〉という印象を持つけれど……」
「シャイロックは生活の手段を奪われてしまった」
「裁判ではユダヤ人に〈慈悲〉を求めていたけれど,反対からの〈慈悲〉は寛容さに欠けるなぁ」
――と,いろいろツッコミどころ満載で,会話が盛り上がる。有名な原作の筋立ては維持しつつ,奇をてらわずに映画化しており,楽しめる作品でした。
*3:資産を使い果たしたバッサーニオが惚れた相手。バッサーニオがアントーニオに金を借りさせたのが今回の事件の発端。見栄を張ってポーシャへ求婚しに行こうとするから,衣装代だの旅費だのが必要になる。しかも,他にも金融業者が居るというのに,よりによってシャイロックから金を借りようと言い出した張本人。冷静に考えると,こいつが一番の悪者。
*5:イベリア半島北東部に存在した国の名前。後のスペイン王国を形作ることになる。16世紀には,イタリア半島南部を占めるナポリ王国もアラゴンの支配下にあった。ちなみに,イギリスが「アルマダの海戦」でスペイン無敵艦隊を破ったのは1588年。『ヴェニスの商人』が書かれたのは1596年であり,英国人がつけあがっていた世界史の主役へとのし上がっていった頃である。