大学院はてな :: 生活保護における辞退の申し出

 社会保障法研究会にて,京都山科福祉事務所事件京都地裁判決 平成17年4月28日 判例時報1897号88頁)の検討。
 亡C(38歳,男性)の相続人(両親)である原告Xらが,生活保護の実施機関であるY市に対し国家賠償法に基づく損害賠償を請求した事案。
 失業したCは無収入となり,1999年2月ころから水だけを飲んで過ごす生活をしばらく続けていた。3月15日,隣人に助けを求めて救急車を呼んでもらい入院した。福祉事務所Aは,Cが生活保護の申請を希望している旨を病院のソーシャルワーカーから連絡を受け,ケースワーカーDを派遣。4月28日に生活扶助ならびに医療扶助を行うことを決定した。その際Dは,Cに対し「保護は入院中のみ」と伝えた。
 Cは5月6日に退院。5月18日,Aは同月7日をもってCに対する生活保護を廃止する決定を行った。その後の7月27日,Cが自宅で死亡しているのが発見された。検視の結果,他害性は認められず,死因は「心臓疾患の疑」とされた。
 本件は,Cの死亡は栄養障害によるものだとして,国家賠償法に基づく損害賠償3600万円余を請求した事案である。
 裁判所は請求の一部を認容。生活保護の打ち切りを違法としたものの,支給を打ち切ったこととCの死亡には因果関係は認められないとした。
▼ 因果関係

 Cは,布団の上などではなく,台所の流しの前で,しかも正座の状態から前のめりになるという不自然な姿勢で死亡していたもので,また,3月に生活に困窮して体調が悪化した際には,隣人に助けを求めて事なきを得たにもかかわらず,このときは隣人に助けを求めるなどした形跡もうかがわれないこと,死因が「心臓疾患の疑」と推定されていることを考慮すると,Cは,比較的急激に死に至ったものと推認することができる。

 Cは……退院時には,若干の後遺症はあったとはいえ,事務職程度であれば就労が可能
な健康状態にまで回復していたというのであるから,仮に,直ちに就職することができず,生活に困窮したとしても,栄養状態が極度に悪化し,体調が極端に悪くなる以前に,少なくとも死亡という結果を回避するための何らかの行動を執ることを期待し得る程度の社会的な知識,経験を有していたと考えられる。(中略)また,Cは少なくとも入院をした場合には,生活保護を受給することができることを知っていたと認められる。(中略)生活保護を廃止されたからといって,何らの措置を講ぜず,栄養状態が悪化するのを,死亡に至るまで放置することは,通常想定することはできないから,社会通念に照らして,本件廃止決定がされたためにCの死亡の結果がもたらされたということは困難であり,福祉事務所長Aが違法に本件廃止決定をしたことと,Cの死亡との間に相当因果関係があるとまでは認められない。

▼ 違法性

 福祉事務所長Aによる違法な本件廃止決定の結果,Cは,食べる物にも事欠くほど生活に困窮し,栄養状態が著しく悪化するに至ったということはできるから,Y市は,これによってC及び原告らの被った損害を賠償すべき義務を負う。

 議論となったのは,生活保護の被保護者が「任意かつ真摯な意思に基づいて」保護を辞退したとしたら,どのように扱うべきか*1
 生活保護法7条は「申請保護の原則」を採っている*2。しかし,同法25条1項では「職権保護」が要請されている*3
 想定したのは,次のような状況。さて,どうしましょう。

  • 1) 「任意かつ真摯な意思に基づいて」即身仏になるべく断食をすることはできるか?(かかる事態を認識した生活保護の実施機関は,職権で保護しなければならないか?)
  • 2) 最低生活費(例えば月額10万円)を若干下回る収入(例えば9万円)を得ている被保護者が,「任意かつ真摯な意思に基づいて」生活保護の辞退を申し出てきたら,実施機関は保護の廃止決定をすべきか? それとも保護を継続すべきなのか?*4

*1:本件では,Cの収入状況が改善しておらず,生活の糧を得る具体的な見込みもない状態で漫然と保護の廃止決定をしたというものであり,違法に本件廃止決定をしたことにつき過失があることを裁判所が認めている。この点については,研究会参加者からも異論はなかった。よって,議論したのは〈仮定〉の状況である。

*2:「保護は、要保護者、その扶養義務者又はその他の同居の親族の申請に基いて開始するものとする。但し、要保護者が急迫した状況にあるときは、保護の申請がなくても、必要な保護を行うことができる。」

*3:「保護の実施機関は、要保護者が急迫した状況にあるときは、すみやかに、職権をもつて保護の種類、程度及び方法を決定し、保護を開始しなければならない」

*4:生活の自立を促進するという観点からは「申請保護の原則」を優先して保護の廃止をするのが筋。しかし,被保護者に判断能力が乏しく自己の稼得能力を過信していると思われる場合には当人の希望に反してでも保護を継続すべきだろう。