教養としての〈恋愛シミュレーションゲーム〉

そもそもアドベンチャーとシミュレーションの違いが僕にはいまいち分からない。
どちらもゲームである以上、何かしらのゲーム性が付随される事は当然なのですが、「探求」と「擬似体験」のゲーム性の違いを明確に分ける事は可能なのでしょうか。
http://d.hatena.ne.jp/terasuy/20060327/p1

に寄せて。あちらのコメント欄に投稿したのですが読みづらいので,加筆修正したうえ掲載しておきます。


 両者の相違を id:terasuy さんは現在における機能から眺めていますが,私ならば歴史的経緯から説明します。
1)
 例えば,『天使たちの午後』(1988年,JAST)を〈恋愛AVG〉と称することはあっても〈恋愛SLG〉と呼ぶことはないでしょう。初期のAVGは「ゲームブック」になぞらえて説明されることが多かったのですが,まさしく困難を乗り越えていく冒険だったのであり,次の(女の子の)絵に進むために多大な労力を要しました。つまり,初期のパソコンゲームにおいては,アドベンチャーの最終目標として美少女との出逢い(性的接触)が存在していたのです。「攻略」というジャーゴンが用いられるのは,ナンパもの期の名残ではないかと思う。
 ちなみに。8bit機時代は表示関係の処理能力が極めて低く,画像を表示させるのは贅沢なことだったことは踏まえておいてください。私がデジタルで女性の姿を見たのは『軽井沢誘拐案内』(1985年,エニックス)が初めてでしたが,肌の色が……
http://www25.tok2.com/home2/msxpv7/karuizawa.htm
2)
 進行を妨げるものとしてADV型のゲームシステムが機能していたのは「同級生2」(1995年,elf)あたりが最後でしょうか。「進路妨害としてのゲームシステム」が意味するところについては,RPGに分類されている『RanceIV 教団の遺産』(1993年,Alicesoft)を例に挙げると分かりやすいでしょう。思うにこれは,合間に挿入されていたRPG部(マップを移動してモンスターを倒す)が間延びしたものであり,AVG形式の変形であると私は理解しています。
3)
 他方,伝統的なAVGの作法で作られた作品でも,テーマ性を帯びていくという成熟の動きがありました。それが結実したものが,剣乃ゆきひろの三部作『DESIRE‐背徳の螺旋‐』『EVE burst error』『この世の果てで恋を唄う少女YU-NO』と言えるのではないでしょうか。これが推理小説的な性格を有しているとは言えるでしょうが,それは『殺人倶楽部』(1986年,リバーヒルソフト)等を知る者にとっては,美少女ゲームが物語性を獲得していった結果として生じた〈回帰〉です。
4)
 「恋愛シミュレーション」という言葉を私が初めて目にしたのは1992年の年末,『ときめきメモリアル』が第1次ブームを起こした時だったように記憶しています。ただ,その前史として,〈育成シミュレーション〉を確立した『プリンセスメーカー』(1991年,GAINAX)があり,さらには恋愛育成シミュレーションにまで到達していた『卒業〜Graduation〜』(1992年6月,JHV)がありました。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%92%E6%A5%AD_%28%E3%82%B2%E3%83%BC%E3%83%A0%29
 美少女SLGの系譜を辿るに当たっては,健全化されてしまった『ときメモ』を起点に考えるよりも,その母胎となった『卒業〜Graduation〜』を軸に考える方が適切な理解が得られることと思います*1
5)
 話を戻しますと,前述のようにギャルゲーにはAVG系とSLG系の大きく2つの流れがあったところ,それがRPG型のゲームシステム上でクロスオーバーを果たした特異点が『同級生』(1992年12月,elf)*2であったと言えるのではないでしょうか。
 その後,ビジュアルノベルが隆盛を極めることになりますが,「ヒロインごとに〈分岐〉した後に長めのテキストを読んでヒロインの心情を〈理解〉しフラグを立てていく」というスタイルが一般化するのは,『痕−きずあと−』以降の話です。高校教師となって5人の女子生徒を指導することを内容としていた『卒業〜Graduation〜』の頃には〈同時攻略〉というのが当たり前のように行われており,ヒロインを選ばなければならない痛みは未だ顕在化していませんでした。この〈同時攻略〉という制度は,〈泣きゲー〉ないし〈傷つける性〉と対置されるべきコントラストであると考えています。
http://d.hatena.ne.jp/keyword/%BD%FD%A4%C4%A4%B1%A4%EB%C0%AD
6)
 なお,恋愛を切り出された〈育成シミュレーション〉は,いわゆる「調教もの」として独自に発展していきました。その始まりは『禁忌 〜TABOO〜』(1995年,SUCCUBUS)だったでしょうか。そこからSMへと特化していったのが『SEEK』(1996年,PIL)であり,メイドさんを極めたのが『殻の中の小鳥』(1996年,BLACK PACKAGE)&『雛鳥の囀』(1997年,STUDiO B-ROOM)です。
7)
 これらを踏まえたうえで,最初の議題に戻りましょう。現在の主流であるノベルタイプの恋愛ものに対しては,「AVGSLGか」という把握は不適当です。感情をパラメーターとして把握するというSLGの側面と,シナリオ進行をフラグで管理するというAVGの側面,それに,プレイヤーに見せかけだけとはいえ選択の自由を与えてヒロインとの出会いを演出するRPGの側面を併せ有しているから。
 『To Heart』を基本フォーマットとする葉鍵系の時代への接続については id:genesis:20050811:p2 で私見を展開しています。併せて参照してください。

*1: 引用画像は,復刻版(ASIN:B0002F3JM4

*2: Wikipedia - 同級生