美少女ゲームのパラダイムは4年で交代する〔仮説〕
元々は http://d.hatena.ne.jp/hajic/20060406/p1 に宛てて書いたコメント。
ギャルゲーを中期的に支配するパラダイム(paradigm)すなわち「規範となるフォーマット」は,およそ4年単位で動いているのではないか――という仮説を経験則から導いてみました。
この他に,半年程度で短期的に変化する属性単位での「流行り廃り」の波が,長期的にはハードウェア面やOSレヴェルにおける「技術革新」の波があると思うけれど。
《蛭田と剣乃の時代》
- 1992〜96年
- 「同級生」(1992年,elf)において,AVG系とSLG系という2つの流れがRPG型のゲームシステム上で融合する。以降,様々な試みがなされ,ゲーム性についての模索が為された時期。
- マッチョで強い男根主義的な主人公(アリスソフトの「ランス」など),同時攻略という制度。
- 蛭田昌人に真っ向から立ち向かったのが剣乃ゆきひろ。『EVE burst error』(1995年,シーズウェア)での「マルチサイトシステム」を経て,『この世の果てで恋を唄う少女YU-NO』(1996年,elf)で「A.D.M.S.」という極みに到達。進化の頂点に立ち『同級生』と並び立つに至ったが,「同級生2」(1995年,elf)と同様,進化の行き止まりへ。
- 以上の諸点については,拙稿「教養としての〈恋愛シミュレーションゲーム〉」(id:genesis:20060328:p1)で試論を展開している。また,相沢恵(=佐藤心)「『同級生3』はなぜつくられないのか」『永遠の少女システム解剖序論』所収*1も参照。
《幼なじみとメイドロボの時代》
- 1996〜2000年
- 葉鍵系前期(高橋龍也,原田宇陀児)
- ゲームシステムの開発力で劣る弱小ソフトハウスであったリーフ(Leaf/AQUAPLUS)は,テキストに重きを置く「ビジュアルノベル」で対抗する(この経緯については,TINAMIX「高橋龍也&原田宇陀児インタビュー」*2で触れられている)。
- 屋上で毒電波という(当時としては)特異なモチーフで強い印象を与えた『雫−しずく−』(1996年)に始まり,『痕−きずあと−』を経て,『To Heart』(1997年)でフォーマットが完成する。
- 学園を舞台とする濃密な日常描写,分岐シナリオと多重恋愛,優柔不断な主人公,内省的,傷つける性。
- 以上の諸点については,拙稿「暮れゆく『雫』の時代」(id:genesis:20050808:p1)と「葉鍵系の源流を〈1980年代後期少女まんが〉に求めてみる」(id:genesis:20060217:p1)を参照のこと。
《妹とメイドさんの時代》 あるいは 《ろりぷにとI’veの時代》
- 2000〜04年
- 葉鍵系後期(麻枝准,久弥直樹),メタリアル・フィクション(元長柾木,田中ロミオ)
- 学園ものというフォーマットを踏襲した『ONE〜輝く季節へ〜』(1998年,Tactics)と『Kanon』(1999年,VisualArt’s/Key)を経て,『A I R』(2000年,VisualArt’s/Key)で「効率的なマイナス感情の喚起システム」が完成。これに『君が望む永遠』(2001年,アージュ)が続く。
- 泣きゲー&鬱ゲー,ヘタレマッチョ(更科修一郎の提唱),「えっちなのはいらないと思います!」
- 難解なテクスト,主題の保守化とメタ化,限りなく透明で無力な主人公
- 追記) http://d.hatena.ne.jp/milkyhorse/20060406/p1 にて『CLANNAD』を素材とした解説が試みられている。
- ちよれん的な仕掛けられた〈祭り〉,歌姫商法
- 参考) 読者参加型企画『シスター・プリンセス』が連載を開始するのは1999年3月号。*3
- 追記) コメントで指摘されましたが,『はじめてのおるすばん』(2001年,ZERO)がありましたね。この史観で位置づけるとすると,保守反動としての脱シナリオ,萌え要素への還元,「かわいいは正義」。
- そして「ギャルゲーをする私」の思弁へ。ひたすら内向きのスパイラル。『未来にキスを』(2001年,VisualArt’s/otherwise),『CROSS†CHANNEL』(2003年,FlyingShine)。
《きのことひぐらしの時代》
- 2004年〜
- 2001年の1月頃に起こった『月姫』ムーブメントが予兆。人気と実力と財力を蓄えたところで商業作品へと移り『Fate/stay night』(2004年,TYPE-MOON)を発表。他方,2004年夏に出題編が完結した『ひぐらしのなく頃に』(2002-04年,07th Expansion)が同年の秋頃から爆発的な人気を呼ぶ。
- 自動発生した〈祭り〉,「同人出身」のシンデレラ・ストーリー
- 直線型シナリオ,ファンタジーへの回帰(cf.現代学園異能),主人公の復権,ジュブナイル・ビルドゥングスロマン
- ただいま進行中。
《?の時代》
この4年周期仮説に従えば,今すでに次の時代の萌芽はどこかに現れていて,2008年頃に開花するはず。
2006年現在,クリエイター達が意識しているかどうかは別として,「奈須きのこ」と「竜騎士07」が到達目標であり仮想敵であると理解していいでしょう。
結語
で,元々何が言いたかったのかというと,この〈波〉仮説を受け入れるような人であれば,2006年は谷間に当たるので「最近のエロゲーは面白くなくなった言説」に結びつくのではないかなぁと思った次第。
司馬遼太郎は『アメリカ素描』(ISBN:4101152365)の中で,次なる文明は先行する文明と対立するところではなく縁辺から生ずると説いていました。20世紀に繁栄を極めたアメリカは,19世紀の大英帝国からすれば縁辺部。英国は,大航海時代のスペイン・ポルトガルからすれば縁辺部。スペインは,ルネサンス期のイタリアからすれば縁辺部―― この考えに従えば,今は未だ〈見慣れたもの〉にしか見えていないものが次なるパラダイムになることでしょう。たぶん。
▼ 参考資料
▼ 追補
*1:http://www.tinami.com/x/review/02/
*2:http://www.tinami.com/x/interview/04/
*3:追記。パラダイム転換により〈幼なじみ〉から〈妹〉へと移行したことについては,本田透が『萌える男』(ISBN:4480062718)で構築した理論的枠組みで処理できるかと思います(cf.id:genesis:20051111:p1)。同書の第2章では,「萌える男」は進化して〈男性性〉から解脱して〈少女性〉を獲得する――という説を展開しています。まず移行過程として『マリア様がみてる』のスール制度を捉え,男性の存在しない空間を描き出したものとします。そして,終局的には〈萌える男〉自身が萌えキャラ化する(すなわち脳内少女化する)ものとし,例として『処女はお姉さまに恋してる』(2005年,キャラメルBOX)を挙げていました。ちなみに,『かしまし〜ガール・ミーツ・ガール〜』に登場するはずむは,この本田理論をそのままなぞったような造形です。本田理論の軸線を繋いで『おとボク』の先にあるものを考えてみたとき,そこに『かしまし』がぴったりと符合します。