大学院はてな :: 組合間対立の中での配転命令

 研究会にて,JR北海道(配転命令)事件の検討。
 鉄道旅客事業を営むY社では,労働組合が併存する状況下にある。旧鉄産労と国労の一部が合同して2003年10月に結成された「北労組」(以下,A組合),JR総連加盟の「北鉄労」(以下,B組合)などが存在している。札幌車掌所における勢力分布は,A組合123名,B組合118名,国労3名であった。
 Xら3名はいずれも札幌車掌所に所属する車掌であったが,2004年2月,釧路車掌所への異動が命じられた。A組合所属の車掌のみが配転を命じられた結果,札幌車掌所における過半数組合はB組合となるに至った。また,配転先の釧路車掌所に所属する車掌は,異動発令時に32名が所属していたが,これはすべてB組合に加盟していた。
 原告XらとA組合は,この事件を裁判所(転勤命令無効確認請求)と労働委員会(不当労働行為救済申立)に持ち込んだ。
 札幌地裁(平成17年11月30日・労働判例909号14頁)は請求を棄却。裁判所は,東亜ペイント事件最判(最二小判・昭和61年7月14日・判例時報1198号149頁)を参照して,次のような判断枠組みを示した。

 使用者は,業務上の必要に応じ,その裁量によって労働者の勤務場所を決定することができるものというべきであるが,転勤,特に転居を伴う転勤は,一般に,労働者の生活関係に少なからぬ影響を与えるものであるから,使用者の転勤命令権は無制約に行使することができるものではなく,これを濫用することの許されないことはいうまでもないところ,当該転勤命令につき業務上の必要性が存しない場合又は業務上の必要性が存する場合であっても,当該転勤命令が他の不当な動機・目的をもってなされたものであるとき若しくは労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき等,特段の事情の存する場合でない限りは,当該転勤命令は権利の濫用になるものではなく,また,その業務上の必要性については,労働力の適正配置,業務の能率増進,業務運営の円滑化など企業の合理的運営に寄与する点が認められる限りは,業務上の必要性の存在を肯定すべきであると解するのが相当である。

この3要件は頻繁に用いられるものであるが,このファクターによって配転命令が濫用と判断されることは珍しい。本件においても,釧路車掌所では欠員補充の必要性があり,Xらを配転対象者とした人選の合理性もあって,Xらが被る不利益も重大なものではないと認定して,請求を棄却したものである。
 これに対し,道労委命令(平成18年5月29日・公刊物未登載)は,本件を不当労働行為であると認定し「Yは,転勤を命じる際にA組合員であることを理由として,ことさら差別的な取扱いをしてはならない」という救済命令を発した*1。ポイントは,(1)本件は,使用者の中立保持義務に関する事件であると論点を設定し,(2)法律行為ではなく事実行為の問題であるとしたうえで,(3)転勤の対象者が特定組合に偏っているうえに,従前の異動発令とは異なる人選手続を採っており,Y社の行為は不当労働行為に該当すると結論づけた点にある。

 「労働組合が併存している場合において,使用者は,相当な事由なしに特定の労働組合に所属していることを理由として不利益取扱いをしないという中立保持義務を有している。とりわけ,併存組合の組合員数が拮抗し,相互に激しく反発している場合には,使用者は組合員の処遇につき中立的立場を保持するよう慎重な態度が要請される。」

 「本件配転命令について,裁判上その濫用性が問題となる場合には 業務上の必要性の有無・程度及び人選の相当性が主要な争点となる。しかし,労働委員会において不当労働行為の正否が争われる場合には,不利益取扱いとされる事実行為たる配転措置が 組合活動や組合所属を理由とするものか が主要な論点となる」

 「以上併せ考えると... 転勤命令の発出の過程において北労組の要求にもかかわらず具体的な人選基準を明らかにしなかったこと,北労組結成直後であり会社は北労組に対し強い不信感を有していたことから,本件配転命令は,北労組の結成に不信感をもった会社が,北労組に所属するXらに対してことさら差別的に扱った行為といえる。」

 まったく同一の事案でありながら,司法と行政委員会とで異なる結論を出している。それというのも,裁判所は「会社が濫用をしてはいないか」を判断しているのに対し,労委命令では「アンフェア(不公正)な処遇が行われていないか」を審査しているからである。両者の相違は意識されることが稀であるのが実状だが,本件は行政救済の独自性を知るうえで大変重要な事案であろう。

*1:Y社内には,異動に際して「簡易苦情処理手続」が設けられていた。Xらは当初,当該内部手続に於いて強く配転に反対していなかったことから,救済命令の主文は抽象的なものに留まっている。