渡辺誠 『もしも宮中晩餐会に招かれたら』

 渡辺誠(わたなべ・まこと)『もしも宮中晩餐会に招かれたら――至高のマナー学』(ISBN:4047040193)を読んで,ちょっと気乗りしない時間帯をやり過ごす。
 著者は宮内庁大膳課(言わば厨房)に勤めていた人物。文章が軽妙で面白い。功名心をくすぐる書名だが,実際に招かれるのは社会的に功を上げた人達ですよ――と,やんわり希望を打ち砕く。デートの会食で使えるような「実践的マナー」を説いているわけでもない。では,やんごとなき方々の知られざる食生活を暴露しているのかというと,そんなノゾキ趣味は(ほとんど)無い。唯一の打ち明け話は,今上天皇陛下は皮つきのリンゴをナイフとフォークで剥くのがお得意だ,ということくらい。
 本書を通して語られるのは,マナーの根源にある〈心持ち〉。

 マナーというのは,結局,かたちではなくて,理由のあることに対して,その理にかなったやり方をすることなのではないだろうか。
113頁

随所に「さりげない気遣い」が込められていて,本そのものが優雅でした*1
 題材に使われているのは,1975年5月7日に実際に供されたものなのだそうだが,文章で説明されてもさっぱり想像が付かない。しかし,バゲットだけはご相伴に与ってみたいものだ。

 大膳でつくっているパンは本当においしい。ロールパンもいいが,とくにバゲットは,明治のころにイギリスで習ってきた製法そのままで,いまもつくっている。普通のバゲットと違って,ビスケットを柔らかくしたような感触で,パリパリッとした皮は厚さが三ミリくらいはあろうか。中はしっとりしていて,あれは一度食べてみる価値はあると思う。
115-116頁

*1:この本において最も「エレガントではない」のは,マゼンタに塗りたくられた表紙だろう。